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彼の名前
バタン…と音を立てて星野さんが出て行ったドアが閉まった。
「………」
「………」
しーんと沈黙が流れる。
あ、鍵しめなきゃ……それにしても星野さん大変だな…俺もちゃんと早く仕事覚えないと……
とりあえず鍵を閉めてこんな風な考え事をしながら戻ってくると突然アルが俺の腕を掴んだ。ちょっとだけびっくりしてアルを見るけどアルは何も言わなかった。
「……?…なに?どうしたの?」
「……ん…」
「えっ?わっ!」
こちらから尋ねてみたけれどアルはそれには答えず踵を返すと俺の腕をぐいぐいと引っ張って寝室まで歩いて行った。相変わらずだけどアルの行動の意味が理解できずに困惑する。だんだんアルの歩く速度が落ちてホッとしてると今度は強い力で腕を引かれてバランスを崩した。
こける!!
そう思ったけど結局俺が投げ出されたのはベッドの上だったようでギシッとマットレスのスプリングがなっただけだった。転ばなかったことにちょっとだけホッとするけどすぐそれどころじゃなくなる。
「……ッ!!」
ギシッとまた音がなって目線をあげるとアルが俺に覆いかぶさるみたいにベッドの上に上がっていた。俺を見下ろして目を爛々と輝かせている。
……こ、これは…
ちらっと窓の外を見るけどまだ明るいし時計もまだ16時を示していた。
「………え、えっと……ぎ、銀…?」
「………」
舌なめずりするみたいに唇をぺろっと舐めながら迫ってくる彼の名前を呼んで見ると彼はピタッと動きを止めた。なんだか険しい表情をしている気がする。
……あれ…?なんか怒ってる?
「……それ…」
「……へ…?」
「その名前」
「……?」
彼はぷいっと顔をそっぽに背けてしまう。
……色々思い出せるようにって思って銀って呼ぶことにしたんだけど……もしかしてもう何か思い出して…!?
ハッとして身を乗り出してアルの言葉の続きを待った。でも帰って来たのは俺の期待したものではなかった。
「……俺、その名前で呼ばれるの嫌い…」
「…へ?え……」
「……『銀』って、呼ばないで」
「……え…あ、ご…ごめん…」
そんなことを言われるとは思ってなかったのでぽかんとしてしまう。それと同時になんだかアルに『銀』が拒絶されたような気がしてショックだった。
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