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マシュマロココアと睡眠薬
今日も真っ赤なドレス姿の社長が立ち上がってにっこりと笑ってこっちを見た。
関係ないけど…この人何着赤いドレス持ってるんだろう…
「学、アル、おはよう」
「お、おはようございます…」
「おはよ…」
社長は俺とアルの挨拶に満足したのか頷いてソファの方へと歩いていった。アルもふぁ〜とあくびをしながらついていくので俺も恐る恐る後を追った。
「輝明、コーヒー2杯とココアを入れて来てちょうだい、軽食もね……学あなたコーヒーにお砂糖とミルクは?」
「え、あ…1つずつおねがいします…」
「椿…マシュマロものせて…」
社長がその旨を山田さんに伝えると山田さんもにっこりして部屋から出ていった。
………怒られると思ったんだけどな…
ニコニコした椿さんがテーブルの上にあったお菓子をアルに与え、アルは社長の向かいのソファで寝っ転がっている。あまりにも思っていた光景と違いすぎてぽかーんとして突っ立っていると社長にソファに座るよう促された。座るとアルが当然のように俺の膝に頭を乗せてくる。社長の前であまりにも自由すぎないかと思って止めようとしたけど社長は全く気にしていない様子だった。
芸能事務所って…もちろん普通の会社とは違うと思っていたけどどこもこんな感じなのか…?
なんだかそわそわしてしまってキョロキョロしていると社長と目があった。
「学、腰が辛いのかしら?クッション使う?」
「えっ!?あ、いえ…お気遣いなく…」
「そう?…どうだった?初仕事は…」
「は、はつしごと…」
社長はすでに昨日何があったかわかっているみたいで酷く恥ずかしかった。この感じだと山田さんや下手したら星野さんも知っているのかもしれない…
「え、っと…その、た、たいへんでした…」
「そう…アルはよっぽどあなたを気に入ったのね…」
社長は俺の膝でもう完璧に寝てしまったアルを眺めてそう言った。星野さんにも同じことを言われたけれど、そう言われるのはなんとなく『あなたはアルにとって特別なのね』って言われているみたいで嬉しかった。膝に乗ったアルの白い髪を手で梳く。椿さんはそれを見て目をスッと細めると唐突にこんなことを聞いた。
「アルは昨日よく寝れてた?」
「あ、はい、それはもう、十分すぎるほどだと思います。」
それだけは自信があったのでそう答える。今もまさにアルは眠ってるし、普段からどこでも爆睡するアルにちなんだ冗談だと思ったんだけどそう答えると社長は片眉をあげて不思議そうな顔をした。
「…薬なしで?」
「…薬?」
突然飛び出した少し違和感のある言葉に首を傾げ、聞き返す。椿さんは相変わらず驚いた顔をしていた。それから少し悲しそうな顔になってフイっと俺から目線を逸らした。
「アル…意識が戻ってからずっと睡眠薬を使わないと眠れないのよ…」
「え…」
「何か怖い夢を見るんですって…それが怖くて長い間眠れなくて、だから睡眠薬で眠るの…それでもうまく寝付けなくて日中浅い眠りを何度も繰り返しているのよ…」
「………」
すぅすぅ寝息をたてて眠るアルを見た。普段の能天気そうな様子のせいでうっかり忘れてしまいそうになるけどアルは記憶を失うぐらいの怪我をしたんだ…俺の知らない後遺症とか…そういうのもたくさんあるんだろう。なんとなくアルの暗い部分に触れた気がした。
「でもあなたとなら薬がなくても眠れたのね…よかった…」
「………」
そう言ってアルを眺める社長の目には深い愛情が見えていた。
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