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内海先輩

「ではよろしくお願いしまーす。3、2、1……」 『0』のタイミングで男の人が何も言わずに手を振る。すると明るい音楽が流れ、カメラが動き、司会の有名な芸人さんと女性アナウンサーがオープニングトークを始めた。テレビの収録が始まったみたいだった。 「あぁぁ…アルぅ…司会者さん話してる時は そっちに視線むけて〜……」 あぁぁ…と星野さんが小声でブツブツ言いながらアルにそれを身振り手振りで教えようとしていた。アルは呑気なもので、リハーサルの時から周りのセットが面白いのかキョロキョロと落ち着きなく周りを見ている。さらによくないことにわたわたと忙しない動きを見せる星野さんを見つけたらしく、じっとこっちを見つめると首を傾げてからフリフリと手を振ってきた。これは星野さんじゃなくても焦る。俺も身振り手振りでやめるように伝えようとしたがそれは逆効果だったみたいでアルは俺にも手を振ってきた。 「おい、お前本番中に自分のマネージャーに手振るやつがあるか。俺の5歳になる娘とおんなじやわぁ〜、学芸会でな、舞台から手振りよるねん、かわええ〜」 でも司会者がツッコミを入れてくれたおかげで、上手いことそれがウケどころになってくれたようだった。俺も星野さんもホッとする。 まぁ当人はなんで突っ込まれたのかよくわからなかったみたいで首を傾げていたけども… 「………本当に頬付くんじゃないんだね…いや、頬付くんではあるんだろうけど…」 はぁ…と息をついて後ろの壁に寄りかかると隣に立っていた内海先輩がそう呟いた。きっと銀を知っている人ならみんなが抱く感想だろう、俺だってそうだった。 あの後、内海先輩に簡単にではあるが今までのことを話した。銀が事故で記憶を失ってしまったことも、俺自身再開できたのがつい最近だということも説明した。内海先輩は簡単とは言いつつ時間がかかってしまった話をずっと真剣に聞いてくれた。話し終えて、改めて実感して少し暗くなってしまった俺にも『大変だったね…』って声をかけてくれた。昔から優しい人だった… 「頬付くん…今は…アル?くんだっけ?とにかく彼この間ATEの広告にも出てたでしょう?それ見た時驚いたんだけどそういうことだったんだね…まさかこんなに早く会う機会があるとは思わなかったからドキドキしてたんだけど学にも会うなんて…」 「……はは…俺も、びっくりしました…しょ…内海先輩、その後美容のお仕事についたんですね…よかった…」 内海先輩はあまりにも突飛なこの状況を一生懸命理解しようとしてくれているみたいだった。

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