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眠った気持ち
今日も仕事でテレビ局に来ていた。理容・美容の専門学校を卒業して、大体の同級生たちと同様に美容室に就職したが、その後縁があってこういった芸能人の方たちにメイクやセットを施す仕事もさせてもらっていた。
「………」
今日の仕事は今話題のモデルのヘアメイクを担当することだった。彼は圧倒的ルックスの良さとは裏腹に自由で奔放な性格がウケているようで、彼のデビューを飾った化粧品会社ATEのCM動画は動画サイトでも驚異的な再生回数を誇っていた。
そして彼はオレの知り合いにそっくりだった…
あれ以来…6年ぶりとかかな?まぁ本人かはわからないんだけど…緊張するなぁ…
そんな風に思いながら彼の控え室に向かった。
「おはようございます。本日ヘアメイクを担当させていただくものです。」
「あ、はーい、よろしくお願いします。」
ドアをノックしてこんな風に声をかけた。すると中から声が返ってきて、その瞬間ドキッとした。きっと頭で理解するよりも先にその声を聞いて体が理解していた。
ドアが開く動きもゆっくりに見えて、部屋の奥にいた緊張していた相手のはずのアルくんも視界に入らなかった。目の前で頭を下げていて、はじめ彼の顔は見えなかったが、その視界に入った癖っ毛だけで懐かしさがこみ上げてきて、なんだか泣きそうだった。
忘れられない…忘れられるわけがない…
「………学…?」
それは6年前に一時期だけ付き合っていた元恋人の学だった。彼もオレに驚いたようで顔を上げると目を大きく見開いて口をはくはくさせていた。多分オレも同じような表情をしていたんだと思う。
そのあと改めて学の今の状況を聞いたが、どうやらオレが頬付くんかもしれないと思っていた彼は、過去の記憶を事故で失ってしまった頬付くんらしかった。あんなに頬付くんのことを好いていた学の気持ちを思うと辛くて思わず『大変だったね』と口に出してしまった。それを聞いて寂しそうな顔で笑いながら、左手の薬指にはまった指輪を触る学にチリっと胸の奥が焼けるような感覚がして直感的に危ないと思った。
6年前の気持ちを思い出しそうになる…
この時本当にそれが危険だと思ったなら仕事だけ終わらせてさっさと離れてしまえばよかった。でもそれがどうしてもできなくて、話して、学がふにゃっと眉毛を下げて笑うたびに心臓がドクンと大きく鳴っているのがわかった。
危ないってわかってる…そうなるべきじゃないってよく知っているのに離れられない…自分でもわかっているはずなのに…
苦しいような、嬉しいような不思議な感覚だった。学との6年ぶりの再会だった。
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