「…？杉田さん、なんかあいつのこと気に入ってそうだったし…えっちしてくんのかと思ってた…ちがうの…？」 あまりにも衝撃的な発言に動きと思考が止まった。落ちたお皿のかけらを拾おうと伸ばした自分の指がワナワナ震えているのが見えて、手をぎゅっと握る。 俺に良くしてくれて、まだちゃんと知りもしないアルにまで気を使ってくれた翔さんの顔と今まで『普通』が通じないアルに苦労した日々が思い浮かんだ。 アルが悪意や悪気があって言ったんじゃないってわかっていたけれど込み上げてくる怒りを抑えることができなかった。 いくらわかってないからって言っていいことと悪いことがある… 「……？杉田さん？」 「………」 アルは急に黙って動かなくなってしまった俺を不思議に思ってるみたいだった。 「……アル…それ本気で言ってるの…？」 「……え…」 「だから…俺と翔さんが…ヤってくるかと思ったって……」 「…え、っと……えっと…」 アルは俺の見慣れない様子に戸惑っているようだった。毛布の裾をいじってきょろきょろ せわしなく目を泳がせている。そんな様子を見て余計にイライラした。 ずっと…ずっと銀のこと探して…やっと見つけたと思ったら俺のことなんか忘れちゃってて…つらくて…それでも思い出してもらおうって、今からでも力になろうって頑張ってたのに!! きっと今日のカレーや、廊下の水たまりのことだけじゃなくて今まで数ヶ月いっしょに過ごして溜まった小さなイライラたちが爆発したんだと思う。アルのおどおどした態度に何かがブチっと切れる音がした。 「なんでそんな酷いこと言えるの!?」 「!!」 アルはビクッと体を震わせてやっとこっちを見た。口から出た声は思いがけず大きくてキツイ声だった。 「だ、だって…なんか楽しくしてたし…杉田さん、好きそうだったし…」 「みんなアルと一緒だって考えないでくれる？楽しくしてるからって…好きだからって…セックスってそんな風に簡単に誰とでもするものじゃない!!」 でも声を荒げてもアルは驚いたような、困惑した表情を浮かべるだけだった。 …なんで俺が怒ってるかまだわからないんだ… アルが不思議そうな顔をしているのを見ると、悔しいようなやるせないような気持ちになる。ぎゅうっと下唇を噛むと口の中に血の味が広がった。 「……ッ!!………もういい……」 「…あ……すぎたさ…」 これ以上言ってもアルは不思議そうな顔を続けるだけなんだろう思うとこんなに怒ってるのも虚しくなってきてそう言った。キッチンと廊下を掃除して、アルを無視してそのまま寝室に向かう。するとアルも慌てたように俺についてきた。 いつもぼんやりして、何考えてるかわからない顔をして、俺に気なんて使わないくせに怒られると困ったように俺のご機嫌を取ろうとしていた。 「す、すぎたさん…すぎたさん…」 「………」 「すぎたさん…ごめ…」 「………いい…そんなこと思ってないのに言わなくても…なんで俺がこんなに怒ってるかわかってないんでしょ……」 足は止めず、部屋についても服だけ着替えて早々とベッドに入った。アルがベッドの脇にしゃがみこんできたので壁の方を向いてアルに背を向ける。 「杉田さん…ご、ごめんね…すぎたさん…」 「………」 「………す、杉田さん…？」 「…アル、あっちいって…俺がなんで怒ってるのかわかるまで…俺に話しかけないで……」 「………で、でも…で、も…」 背中越しでもアルが戸惑っているのがわかった。でも今はそれにフォローを入れてやる余裕もそんなつもりもない。 その後もアルはしばらく俺に話しかけ、ごめんと言い続けていたけれど、無視しているとそのうちとぼとぼと自分のベッドに戻っていった。あまりの悔しさに思わずじわっと目に涙が滲んだ。