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『』の仕事

「…………アル……このままじゃあなた、一発屋おわりね。」 「ッ!!」 椿に突然そう言われた。椿はこんな話をしているのに穏やかそうな笑顔で首を傾げながらお茶を飲んでいる。 ぎゅっと唇を強く引き結ぶ。気づいていないふりをしていたけど…お仕事のこと…自分でだって薄々は感づいていた事だ。 なんか……はじめての雑誌の撮影の時に杉田さんが『アルらしいのがいいんだよ』って言ってくれて…そのおかげでその後のお仕事でもオレらしくしてればいいんだって思えて、そしたらうまくいって……なのに急にオレらしさがわかんなくなっちゃって…なんか、調子悪くて…杉田さんがあいつとご飯行ったこととか、杉田さんに怒られちゃったこととかが気になって…ダメで… なんだか苦しい気持ちになって俯く。 杉田さんがいなきゃ… 「…………」 椿はそんなオレの様子をしばらく眺めてからちょいちょいと手招きをして山田さんを呼んだ。山田さんに何かを耳打ちしている。山田さんは椿と目を合わせてニコッと笑うと会釈して何処かへ行ってしまった。 ………? ちらっとこっちを見た椿と目が合う。すると椿はいたずらっ子みたいにニッと笑ってウインクしてみせた。 少しして山田さんが書類をもってきて椿に手渡す。そしてその書類が今度は椿からオレに手渡された。 促されるままに書類に目を落としてみるけれど何が書かれているかいまいちわからない。最後の方に写真が何枚かあってそこには大きな交差点に面して設置されている大きなモニターの写真があった。 ………? あいかわらずなぜ椿がこの紙を渡してきたかわからなくて首を傾げて椿を見つめかえした。椿は優雅な動作でお茶を飲んでいる。そしてたっぷりと溜めてから口を開いた。 「アル、次のあなたの仕事よ。」 「………」 「わかってるでしょうけど、『今の』あなたに任せるにはもったいない仕事だわ…」 椿は残り少なくなったお茶に目を落としカップをくるくると回している。それからやっとオレに視線を向けた。男なら誰でも…いや、多分女の人でもぶわっと全身に鳥肌が立つほど凄艶な目をしていた。 「…それを…最後の仕事にするか、はじめの仕事にするかはあなたが決めなさい。」 「………」 「……それだけよ、行っていいわ。」 「………」 背中がじわっと汗ばんでいた。腰が抜けたような感じになってなかなか立ち上がれなかった。なんとか立ち上がって社長室を後にしようとする。 「あ、そうそう。」 すると部屋を出る直前で椿にそう呼び止められた。 「言葉で伝えられないなら態度で示すことも大事よ。」 そういって椿はウインクした。

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