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大根

「………学、和也…ドラマのオファーの返事の期限、伸ばしてもらえるように頼んでおくから1週間…10日でなんとかなさい。」 「と、10日!?む、むり!!無理ですよ!!社長だって見たでしょう!?大根とか言うレベルじゃないですよ!?」 「………」 今までぐったりとソファに体を沈めていた星野さんが突然立ち上がって椿さんに抗議する。勢いと剣幕はともかく…俺もそうは思う。 演技力って10日でなんとかなるのか…? 当の本人のアルは星野さんと椿さんを交互に見て『大根って?』と訪ねてきた。 困るからその質問はやめてほしい… とりあえずアルには『大根入りのカレーも美味しいから今度作ってみようね。』なんて言って誤魔化しておいた。 「危険な賭けだけど…ぶっちゃけうまくなくていいのよ…なんとかアルのビジュアルで許される程度の演技力を…」 「………アルのビジュアルをもってしてもどうしようもないレベルの演技力ですよ…あれは…むしろ外見がいいだけに酷さが際立ちます…」 「でも和也…それじゃあ金8を逃すっていうの?今逃したら今後ドラマの仕事は当分ないわよ?」 「……っう…そ、それは…俺だって…わかって……うう…」 椿さんの提案に反対の姿勢を示している星野さんも、金8にアルを出したいという気持ち自体は当初から変わらないらしく歯を食いしばって椿さんに反論している。話は硬直状態になりかけていた。 その時アルがちょいちょいと俺の服を引っ張った。振り向くと手にはさっきの台本を持っている。 「杉田さん…これ前杉田さんが見てたやつ…?」 「えっ、あ…うん、そうだよ…」 「………杉田さん…好き…?」 「そ、そうだなぁ…ドラマは好きかな…?」 「……そっか…」 そう言うとアルは肩をすくめてククッと笑った。その様子は子供みたいでちょっとかわいい… 「じゃあ、オレ頑張るね…?」 「ッ!!」 首をこてんと傾げてアルが柔らかく微笑む。アルには珍しい自然な笑顔だった。 でもすぐにその顔は引っ込んでふぁ…っとあくびをするとさっきまで星野さんがいたソファにいってしまった。 「………」 アルのレアな笑顔に固まってしまう。アルはすぐにソファに座ると船を漕ぎながら眠ってしまったけど俺の心臓は未だにドキドキ行っていた。 「………」 「………」 そして、そんなアルの様子をみていた椿さんと星野さんも一瞬固まりそれから顔を見合わせた。しばらくじっとしていたと思うと、星野さんの方がはぁっと大きくため息をついた。 「………わかりました……でも、10日後のデキを保証するわけじゃないですからね…デキが悪ければ断ることだってあるかもしれませんからね…」 どうやら星野さんが折れたようだった。椿さんは嬉しそうに『もちろん』と微笑むと早速どこかに電話をかけた。疲れた表情の星野さんと目が合う。 「………さぁ…また忙しくなりますよ…」 「…は、はい……」 目の下にクマのある星野さんがへへっと笑うのがなんだか邪悪で額に冷や汗がつたった。

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