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やめる?
ソファの上に置かれた台本のコピーに目を落としたままゆっくり口を開く。
「……ねえアル…」
「……?」
アルがアイスのスプーンをくわえてまっすぐな目でこっちをみてくる。その視線が無邪気で、それをみて自分が思いついた考えは素敵なもののように思えた。でもこの時の俺の気持ちは『可愛いから甘やかしたい』みたいなとても自己満足なものだったんだと思う。
「……アル…今回のお仕事、やめる…?」
「……え…?」
俺がそういうとアルはスプーンを口から離して目を見開いた。そんなことを言われると思っていなかったのか驚いている。
「……ほら、アル大変でしょう?練習とか……その…あんまり得意じゃないみたいだし…ただでさえ他のお仕事も最近増えてきてるんだし…」
「………」
「早い方が断りも入れやすいかもしれないしさ…無理しなくても…」
「………」
そういうとアルは少しうつむいてから口を開いた。
「………オレが下手くそだから…?」
「……え?」
「……オレが下手くそだから杉田さん、やめよって言うの…?」
「え…そ、そうじゃないけど……」
「……やだ…」
正直そう思っていた部分もないとは言い切れなくて少ししどろもどろな返事になっていたのかもしれない。アルはさっきまでの無邪気な顔とも驚いた顔とも違う真面目な顔でこっちを見てきっぱりとやだと言った。
アルの反応が予想と反していたので俺も驚いてしまう。アルは『やめる?』ってこっちから提案したらきっと『やめる』っていうんじゃないんかなと思っていた。
「………やめないよ…」
「………」
アルは俺を見つめ、再度そういった。
そ、そんなにやりたい仕事だったのか…?
アルがドラマ好きとは思えなかったし、俳優さんや女優さんに会いたいなんていうミーハーな奴でも無いように思えたのでうろたえた。
「……杉田さん…オレ上手くなるよ。」
「…え……」
「………ちゃんと10日で上手くなるから…」
「えっ、あ…アル…?」
アルはそういうと台本のコピーを持ってリビングから出ていってしまった。
………最後…ちょっと怒ってた…?
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