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散策
「柊…ちょっといいかな?」
柱から顔を覗かせて遠慮気味に背中に声をかけると、狐耳をぴこぴこと動かし振り向いた。
「幸様!どうなされたのです?」
大きな丸い瞳で幸を見詰めて小首を傾げる。
神気が現れてからというもの、狐の耳と尻尾の生えた姿の柊は幸の癒しとなっている。
感情に任せて耳や尻尾が動くのを見ていると和むのだ。
「アマテラス様からお散歩のお誘いを受けたんだけど…」
「んなんと!!!それでは早急に支度を整えねば!!こんなことをしてはおられません!行きましょう!!!」
素っ頓狂な声を上げたかと思うと、鼻息荒く勇ましい歩みで台所を出て行った。
幸はその後を慌てて付いていく。
通り過ぎた部屋でアマテラスはゆっくりと茶を嗜んでおり、幸達のようすを横目に見てふっと微笑んだ。
「初の外での逢瀬に相応しいお召し物でおめかしを致しませんと、アマテラス様もさぞ残念にお思いになることでしょう。
ですが!!この柊がいるからにはご安心下さいませ!!!」
「お、おうせって…また大袈裟なことを。2つ隣にアマテラス様がいらっしゃるのに!」
「何をおっしゃいますか!以前にも申しあげたではございませんか。無事に契りも交わされたのに、幸様には、自覚というものが足らないようですっ」
ぷくっと頬を膨らませ腰に手を当てて、難しい顔をする柊。
やはり何かの間違いだろう。
アマテラスは戯れに自分を抱いたに違いないと思っている幸には、なかなか柊の言葉は伝わらない。
実際に、アマテラス本人から何も告げられてはいないのにこちらで舞い上がってしまっては、それがアマテラスに知られてしまったら何と言われようか。
今度こそ、屋敷から追い出される、あるいは神からの断罪もあるだろう。
「恥ずかしいから辞めてよ柊。アマテラス様は、恐れ多くも僕の相手をして下さっているだけだよ。他意はない」
「では、ご自分でお確かめ下さいませ。不敬ながら申し上げますが、睦言際に何か言われたのではありませんか?それが全てですよ。それこそ他意はございません」
「そ、それは……」
その指摘に言葉を選んでいる間に、全ての支度が整ってしまった。
「あ、最後に御髪 に香油を塗っておきましょうか。アマテラス様もさぞうっとりなさいましょう!」
いつも柊の手によって丁寧に手入れされている幸の長い髪が、より一層美しく輝いている。
それに気を良くした柊があれやこれと付け足し、最後は紅まで引かれてしまった。
「幸様は女性ではございませんから、紅で十分ですね!いやぁ、アマテラス様も驚くほどの見目麗しさ!」
手を叩いて喜ぶ柊に恥ずかしくなりながらお礼を言う。
「支度は整ったか」
弾んだ声がして、しばらくするとアマテラスが現れた。
「はい、いつでもよろしいですよ!」
幸の代わりに柊が元気よく返事をした。
それにアマテラスと苦笑していると、きょとんとした顔で二人を交互に見るが、どちらも理由を教えない。
「お前は留守番なのだぞ」
と苦笑の意味を告げながら、アマテラスは柊の頭を掻き混ぜる。
柊は苦笑の意味をまだ理解しないまま、アマテラスの言葉を素直に受け入れる。
それにまた、幸とアマテラスは顔を見合うのだった。
「やはり美しいな…幸よ。柊は案外こういうこともできるらしい」
「お褒めに預かり光栄にございます」
「では、参ろうか」
おもむろに手を差し出され、一瞬戸惑ったものの、幸は意を決してその手をそっと乗せた。
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