31 / 60
散策2
「今日は絶好の散歩日和だな」
「…左様でございますね。良い洗濯日和と柊も喜んでいることでしょう」
「日中どのように過ごしておるのだ?俺がいない折りの幸を教えてくれ。お前のことが知りたい」
並んで歩いていると、振り向いて真剣な顔で見詰められた。
その瞳を見詰めているのに嫌とは言えず、言葉を選びながら口を開いた。
「アマテラス様とお食事ご一緒してお見送りさせて頂いた後、縁側でお庭を眺めております。時折、トヨウケヒメか柊が池の魚の餌を渡してくれるので、池の魚に餌付けをします。
柊とお話しして…あ!トヨウケヒメともお話したりすることもございますよ」
幸があまりに真剣に伝えてくるものだから、アマテラスはつい笑ってしまった。
「えと……な、何か?」
「はははっ、いや、お前は本当に可愛らしいなと思うただけだ」
「…っ!」
「やはり俺の愛し子だ」
アマテラスはさらに距離を縮めて来て、幸の横髪をさらりと撫で梳いた。
そんなアマテラスの行動ひとつでさえも美しく、幸はただされるがままに惚けているしかできなかった。
「今日は一段と美しい。いつもは可愛らしいと思っているだけだったが、どこの女神にも劣らぬ美しさに驚いている。俺はまた新たな一面を見つけてしまったようだ」
「も、も、もも…っ!勿体ないお言葉でございます…っ。ひ、柊がしてくれたのです…」
幸はこれまで、女性の真似ごとで伸ばされた髪が気に入っていなかった。
それをアマテラスが褒めてくれたおかげで、少しだけ好きになれた気がする。
帰ったら一番に柊に礼を言おうとふわりと微笑む。
それを見たアマテラスも釣られて笑みを浮かべた。
俯いて微笑んでいた幸も、アマテラスの美しい笑みを見て、照れくさくなって更に微笑む。
しばらくの間、柔らかく甘やかな時間が流れた。
度合いは違えど、お互いに好意を抱いている時のそれだった。
アマテラスは幸を案内し、屋敷の周りを散策して回った。
「柊はよくやってくれているのだな」
「はい、とても良くしてくれています。これもアマテラス様のおかげです」
「そうか。なら良かった。
幸、あの気のてっぺんにある布が何色か分かるか」
アマテラスが急に止まりそう告げた。
二、三歩後ろを歩いた幸も同じく足を止める。
アマテラスの指す先には何かがはためいている。
ここに初めて降り立った時に赤い反物が引っかかっていたように見えたあの場所だった。
その他にも巨大な漆黒の鳥を見かけたり、漆のような漆黒の大きな羽を拾ったのもこの場所で、強く印象に残っていた。
「……とても美しいです。透明で陽の光で七色に見えます」
「以前にここであれを見たことがあるか」
「いえ、初めてここに来た時…一瞬だけ赤い反物が引っかかっていたように見間違えた場所でした。アマテラス様…一体あれは?」
「あれは見るものを選ぶ天女の羽衣だ。幸が見たのは、あの羽衣の偽の姿だ」
「見るものを選ぶ?に、偽の姿…?」
その意味が理解できず、アマテラスの言葉を復唱する。
アマテラスの言う『天女の羽衣』は、神気の力の大きさによって色が変わるのだという。
神気を持たぬものには見えない。これは人の九割がそうである。
極わずかながら神気を持つ者、すなわち残りの人の約一割には赤い反物に見える。
残りの約一割の中に、抜きん出て神気を持つ者がいる。その一割を下とすれば、彼らは中の下といったところだ。
その彼らには緑の反物に見えるという。
妖 を除き、大抵の人間はここまでの色しか見えない。
それ以上となると、強力な妖か神や神の使いとなってくる。
更に神気の強いものが見るのは、加賀友禅のような美しい花々が散りばめられた反物に見える。
そして更に神気の強いものが見るのは真の姿、天女の羽衣だ。
天女の羽衣が見えるのは、高天原の神だけである。
それほどに強い神気を持っていないと見ることはできないものなのだ。
「ここに来た時には、母上の力が漏れ出していたのやもしれんな。
今、幸にあれが見えているのは母上の神気のせいだろう」
「ま、まさか、そんな…私がアマテラス様方と同じだなんて…」
「ますますその身が心配だな。無防備ゆえすぐにでも攫われてしまいそうだ。
幸、お前は何があっても俺の傍を離れるなよ?」
「は、はい…っ!私はアマテラス様の斎王ですから。決してお傍を離れたり致しません」
「…そういうことではない。俺の意味はこういうことだ」
そう言って、アマテラスは鋭い視線を幸に向けたかと思うと小さな顎を捉え、唇を奪った。
ともだちにシェアしよう!