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初めての町4
「紫様の好きなお団子をたくさん食べましょうね!こちらから行くとお店の近道なんです!」
得意げに言いながら細い道を入って行く。
姿を見失うまいと幸も急いであとを追いかける。
「色々な道を行きながら買い出しをしていたら見つけたのです!」
「そうなんだ。近道をみつけた柊はすごいね。細い道を通って何だか冒険見たい」
「えへへっ、ありがとうございます!」
人に上手く変化していても、幸にはいつも薄らと耳や尻尾が見えている。
今は特別嬉しかったのか、ぶるんと尻尾が大きく揺れ、幸は堪らずくすりと笑ってしまった。
「ちょおっとそこのお姫様?」
背後から男の声に呼び止められた。
嫌な予感がして柊にちらと目線をやると、今までにないほど真剣な顔と鋭い目で小さく首を横に振った。
幸はそれに小さく頷き、声を無視して歩みを止めず、柊と並んで足早に去ろうとした。
「そこの美しいお姫様ってば」
また声をかけられる。
待っていたかのように、別の男がにたりと笑みを浮かべながら幸たちの前に姿を現した。
「おお、別嬪だなぁ、こりゃ」
「どれ、俺にも顔見せてくれや」
挟み撃ちにされ、じりじりと二人が近付いてくる。
幸は冷や汗が止まらなかった。
歯は勝手にガチガチと音を鳴らし、脚は生まれたての子鹿のようにプルプルと震えている。
「ご安心下さい紫様。紫様を必ずお守りしますから」
そう言いながら小さな身体で幸の前に出て男たちの前に立ち塞がった。
「何だこの坊主?いっちょ前にお姫様の用心棒気取ってやがるぜ」
「何が必ずお守りします!だ。餓鬼のくせに生意気だな?そんなんだからお前の大事な姫様がこんな男らに捕まって可愛がられることになるんだよ!」
「あははは!ざまあねぇな!帰って主人にでも伝えとけ!大事なお姫様は男共の慰みものになって大事に飼われることになったってな!」
この時初めて自分が性の対象として見られることに恐怖を覚えた。
幸は長い間女性としての暮らしを強いられてきたが、一度も性の対象として男に情欲を向けられたことがなかった。
アマテラスも何度か身体は繋げていても、こんなふうに幸を欲望の捌け口にしようという気持ちは一切見られなかったため、その恐怖の感覚が分からなかったのだ。
「い、いや…っ!」
「かあいいじゃねえか!見ろよ涙いっぱい溜めて嫌がってるぞ!」
「へへへ、唆る顔してやがる」
「いやだ!光様じゃないと絶対にいやぁっ!」
『何かあったらすぐに俺の名を呼べ。いいな?』
その言葉が幸の脳裏を過り、ぎゅっと目を瞑り咄嗟に心の中でアマテラスの名前を必死に呼んだ。
(光様…っ!助けて!光様!お願いです…っ、ひかるさま…っ!!)
柊が罵倒に我慢できなくなったのか、獣のように低い唸り声を上げ始めた時、どこからともなく突風が吹き、四人を舐め上げていった。
「貴様ら俺の愛し子に何をしている」
声のする方へ目をやるとそこにいたのはアマテラスだった。
地の底から聞こえてくるような低い声に驚き目を見張った幸だったが、アマテラスの姿を見れたことに安堵し、身体の力が抜けて倒れそうになった。
幸が地面に触れることはなく、柊に受け止めてもらえた。
「紫、怖かっただろう。これが済むまでそこで待っておれ」
「…はい」
優しい声音が幸を包み込むように耳に残る。
いつの間にか冷や汗も震えも止まっていたが、次は涙が止まらなかった。
恐怖と、アマテラスが本当に来てくれた喜びと、様々な気持ちが綯い交ぜになって幸に押し寄せてくる。
そんな幸のようすに慌てることなく、優しい柊は、何も言わず背中をさすってくれていた。
「おい、貴様ら。貴様らは何をし出来そうとしたのか分かっていないようだな。
貴様らは皇祖神にして日本の総氏神である天照大御神の愛し子に手を出したのだぞ?
これをもって貴様らは運に見放されたまま、一生をかけて償うがいい」
言い終わるが早いか男たちはバタバタと倒れ動かなくなった。
「紫」
名前を呼ばれて、手を広げたアマテラスの腕の中へ一目散に駆け寄る。
「ヒッ、ク、ひか…っ、ひかる、さまっ」
幸はちゃんとアマテラスの元へ戻れたことを感じたくて、何度も何度もしゃっくりを上げながらアマテラスの名を読んだ。
「こらこら、落ち着かんか。よしよし深呼吸しろ。全く怖い思いをしたな?だが、もう大丈夫だ」
「ヒッ…ク、こ、わか…った。こわかったぁ…っ」
泣きじゃくり、アマテラスにしがみつく幸とそれをあやすアマテラスを見ながら、柊はその場に正座をしてがばりと頭を下げた。
「主様、紫様、大変申し訳ございませんでした。主様の大切な紫様を危険に晒し、誓いを守ることができず、何と謝罪の言葉を申し上げて良いのやら…本当に、本当に申し訳ございません。お付を離れることも覚悟しております。ですから、どうか命だけは…」
「ひかるさま、ひいらぎ…いなくなるの、です?」
幸はアマテラスの顔色を伺い、遠慮気味に訊ねた。
「柊がお前の傍を離れるのは嫌か?」
「ん、いやれす…いや、僕のせいで誰かがいなくなるのはいや…」
「はぁ…少しばかり気に食わんがそういうことだ。二度目はないと思え。
………俺の愛し子をよく護ってくれた」
「勿体ないお言葉!!ありがたき幸せにございます!より一層精進して参ります」
柊はまた深々と頭を下げた。
今度は幸が声をかけるまでずっとそのままだった。
「柊、守ってくれてありがとう。柊が無事で本当に良かった。本当に、良かった…っ」
着物が土に汚れることも忘れ、柊に許しを与えるために、地面に跪く柊をぎゅっと抱き締めた。
「二人共、戻るぞ」
その声が聞こえたかと思うと、次の瞬間には柊を抱き締めたまま、幸は屋敷の玄関にいた。
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