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腕の中(昼)

「こ、こは…」 瞬きをするかしないかのうちに景色が変わり、幸と柊、そしてアマテラスの過ごすいつもの屋敷の玄関に立っていた。 「紫、もう大丈夫だ。よく無事でいてくれた」 幸の存在を確かめるようにアマテラスは再び幸を腕の中に閉じ込めて声をかける。 一方の幸はアマテラスの匂いに包まれ、背中を摩られているうち、しゃっくりも涙も引っ込んで幾分か落ち着きを取り戻しつつあった。 あの嫌悪感と恐怖がうそのように今は胸が暖かい。 幸にとってはとても不思議な感覚で、これがどういうことなのか理解ができなかった。 「光様…先程まで恐ろしい目に遭っていたというのに、今は何だか胸が温かくて、あの出来事がうそのように平然としていられるのです。 …私はおかしいのでしょうか?」 「フッ…紫、おそらくそれは安心感というものだ。どうやら俺の傍が安心できる場所だと身体が訴えておるようだな。」 「……あんしんかん?」 「紫自信が、俺の傍が(おの)の帰る場所と認識しているのだ。まさか無自覚とは、益々お前が愛しくなってしもうたな」 「安心感…」 幸はしみじみとその感覚に浸る。 温かい陽の光に包まれて縁側で日向ぼっこをしている時のようにとても心地よくて、何かが満たされるような気がした。 だが、幸はこれがアマテラスに好意を持っているという深層心理の表れに思えてきて、顔がみるみるうちに真っ赤になった。 「何を思うた?顔が真っ赤だぞ? …さあ、茶でも飲んで落ち着くとしよう」 「はい」 赤い顔をこれ以上見られまいと、俯きながら玄関を上がる。 柊がお茶を持ってくるのを待つために、いつもの縁側に並んで座った。 「どうした?まだ何かあるのか?」 別の意味で俯いていることを悟ったアマテラスは、優しく幸に話しかけた。 先程の不安や恐怖が舞い戻ってきて、頭の中で恐ろしい光景が思い出されていたらと思うと、幸のことが心配で堪らない。 アマテラスは、何とかして心穏やかにしてやらねばと頭を巡らせた。 「美味しい茶菓子などの店を回るために色々と柊に教えてもらおうと思っていたのですが、あんなことがあって私も光様とのお約束が果たせそうにないので、心苦しくて…。 せっかく楽しみにしていて下さったのに、あんな目にあったせいで二人での町巡りもなくなるのではと思い……」 「そんな約束どうでも良い」 「…そう、ですか……」 「まずはお前が無事に帰ってこなければ意味がないだろう? フフフ、行き当たりばったりの町巡りをするのも一興だろう……が、紫、お前はまた町に降りたいと思うか?町に行くかどうかを決めるのは紫次第だ。初めての町で恐ろしい思いをしたのだ。もう外が嫌になってもおかしくはない。 素直な気持ちを言うてみよ」 アマテラスに真剣な目を向けられた幸は、遠慮も謙った態度も今は必要とされていないと十分に理解した。 ただの奉仕する立場の者を、ましてや人間をこんなにも労わってくれて、心を砕いてくれるなんて思っても見なかったが、アマテラスの気持ちが心底嬉しかった。 心配されているということが、幸にとってこれ以上ないほど嬉しかったのだ。 「その…光様となら、行きとうございます。その気持ちは変わりません」 次に町へ赴く時は、アマテラスと二人きりだということを意識してしまい、少し恥ずかしがりながらアマテラスに素直な気持ちを告げた。 頬を桃に染めながら遠慮気味に答える幸の返答にアマテラスは破顔した。 「そうか。紫が外を嫌わないでくれて嬉しい。 しばらくして、折を見て出かけよう。お前の気持ちが一番大切だからな」 「ありがとう存じます。お心遣い感謝致します」 「愛し子との外での逢瀬は他とは格別だからな。楽しみにしている」 そう言って、アマテラスは幸の頬を優しく撫でて笑った。

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