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芽生え
「芽生え…だな」
「芽生え…?」
「幸の中で俺が恋の相手になりうると思い始めたのだろう。ああ…嬉しい限りだ幸」
きつく抱き締められ、幸の首筋にアマテラスが顔を埋める。
突然本当の名を呼ばれたことも相まって、驚いて硬直してしまった。
「あ…っ、光様…」
「大切に大切に育ててやる。いつかその口で俺に愛を告げさせてやるのだ。ゆっくりじっくりと俺の愛を注いで教えこんでやるゆえ、覚悟しておるのだぞ?愛し子よ」
「ん…っ、光様、息が…っん」
美しいしっとりとした声音が幸の耳殻を犯してきた。
耳が敏感であることなど知る由もなかった幸は、突然襲ってきた甘い痺れと、漏れ出そうな声に狼狽えた。
ただ話しているだけだと言うのに、睦言の時のように乱れそうになっている自分が酷く浅ましくて、アマテラスに知られまいと必死になった。
「なんだ。お前は耳が弱いのか?」
「ひぅ…!い、いえ…決してそのようなことは…!」
不敵な笑みを浮かべて幸の反応を伺っている。
アマテラスは幸の耳が敏感であることを知っていながら、必死に隠そうとしている本人を観察して楽しんでいるようだ。
「まあいい、いずれ睦言の時に分かることだ。お前の愛らしい反応が見れたのでな、今日のところは見逃してやろう…」
「……っは、な、何を仰いますのやら」
「楽しみにしておるぞ?」
「ひ…ぁんっ!」
アマテラスが不意打ちで耳の傍で囁いてきた。
息を零しながら、わざと濡れた声で告げたのだ。
それだけではない、耳から顔が離れる直前、アマテラス舌がれろりと幸の耳を舐め上げたのだ。
「ひ、ひかるさま…!
私の反応を見て楽しんでおられるようですが、その…いくら冗談でも今回ばかりは…私は人間が強くありませんから、お戯れはそこまでにして下さいませ…」
「す、すまぬ。少し浮かれすぎてしまったようだ…。頼む、床に戻って来てくれ。
お前が俺を喜ばせるようなことばかり申すものだからつい…羽目を外しすぎた。
本当は抱いてしまいたいほどお前が嬉しいことをたくさん申してくれた。
紫のことになると、俺はどうも我慢が聞かぬようだな…神でありながら奴らと同等とは…」
「光様をあのような者と同等などと一緒ではございません!ですが、少し神経質になってしまっているようなのです。光様は決して悪うございません。どうかお許し下さいませ…」
「いや、全て俺が悪い。今日あった出来事というのに、幸を求めてしまうような自制の聞かない俺に灸を据えるにはぴったりの言葉だ。
すまぬ、今晩は別の部屋で寝ることにする…」
床から出ていこうとするアマテラスの寝衣の袖を幸は咄嗟にぎゅっと掴んで引き止めた。
「嫌です…どうかこのまま…ひ、一人は怖いのです」
「本当に良いのか?俺を許して」
「はい…ですが、先程のように私で遊ぶのはおやめくださいませ」
「その…抱き締めて寝るのは嫌か?」
幸が恥じらいながら、それはどうぞお好きに、と告げるとアマテラスは嬉しそうな声音で礼を言ってきた。
そのすぐあとに、やんわりと抱き締められ元の温もりが戻って来て、胸が温かくなった。
(あ、安心を感じる…)
これが安心感だと身体に教え込むように、目を瞑りアマテラスの体温に集中した。
「すまぬ、少しだけ…」
そんな申し訳なさそうな声が聞こえてきたと思ったら、次の瞬間には唇も温かいものに包まれていた。
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