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力器と千器

「これより、お前たちに紫の護衛の命を与える」 「「はっ」」 「ご、護衛…?」 その言葉に幸は耳を疑ってしまった。 神にあのような自己紹介をされて恐縮しているのに、護衛だなんて幸にとってはとんでもない話だった。 「これから俺がいない時でも安心して暮らせるようにな。外出も再びしたくなるであろう。その時にまたあのような事が起こらぬようにだ。妖に襲われでもしたら大変だ。 力器は弓、千器は剣が神体だ。その手のことには慣れておる」 「……光様がそのように思って下さっているのならば、私にはそれを拒否することはできません。大変恐縮致しますが、この身を案じて下さることをありがたく受け止め、力器様と千器様に護衛をお願いします」 「あぁ~ん!なんて健気な奥方様なんだい!?アマテラス様もそりゃあベタ惚れするわけだねぇ〜」 「うむ、奥ゆかしくて一歩引いた姿勢、流石は我が主の伴侶となられるお方と言えよう。 好感が持てるし、こちらも誠意をお見せせねばと思う」 「あの!!お、奥方様なんて呼び方はおやめ下さい…!私そんな…奥方様なんて恐れ多い…」 「いえ、紫様はいずれは我が主の伴侶となられる御方、何卒、奥方様とお呼びすることをお許し下さい」 また恭しく頭を垂れる力器の誠意ある言動を拒絶することができず、『奥方様』なんて居た堪れない呼び方だが、幸は了承するしかなかった。 「…力器や千器がいるが、頼るのは俺だけがいいぞ、紫」 アマテラスがそう甘く詰ると力器も千器もくすくすと笑いだした。 いつもとは違う可愛らしい発言に幸も笑いを誘われる。 「では、頼る努力をしてみます…」 「ぷはは!頼ることを努力するなんて、本当に可愛らしい奥方様だねぇ!」 「我が主の愛し子はとても控え目な方なのだな…とても高天原で噂されている人物とは思えん」 「あ……やはり、高天原では私のこと…」 「力器、紫が気に病むだろう。紫、気にすることは無い。お前の世界はここなのだから」 少し傷ついて涙が出そうになっていた幸を、アマテラスがそっと幸を抱き寄せて頭を撫でてて慰める。 幸の今いる世界の外側のことなど、本来幸には全く関係ない。 アマテラスはそのようにして要らぬ心配や不安で幸の美しい心が傷ついてしまうことを恐れた。 「アマテラス様の寵愛を一心に受ける紫様が気に入らなくて嫉妬している女たちが失礼な噂を流してるに違いないさ。全く…同じ女神として恥ずかしいったらありゃしないよ。そんなことするからアマテラス様の目にも止まらないのさ」 「 言葉が過ぎるぞ千器。何を言っても紫にも俺にも関係ない。余計な不安を煽るでない」 「私は別に構いません…!千器様も私のせいで嫌な思いをなさっておいででしょうし、こんなところでしか愚痴を零せないでしょう?」 「アタシはそういう意味で言ったんじゃないよ…。ただ、そうやって立場も弁えず、気に食わないことに文句だけ垂れて好き勝手言いまくっている女たちが大嫌いなだけさ。 それをアマテラス様に告げ口してやりたかったんだ。 紫様じゃなくたって、いつだって誰かを標的にして噂してるのさ…」 「もうその話はやめだ、俺も紫も聞いてて気分の良いものじゃない。 俺は一度高天原へ戻る。紫の調子も安定してきたようだから、向こうの様子を見てくる。 お前たちは紫に相手してもらえ」 力器と千器は『御意』と片膝を付いて深々と頭を下げる。 次にアマテラスは幸を見詰める。 「紫、すまぬが留守番を頼む。すぐ戻るから待っていてくれ」 「光様は(まつりごと)を差し置いてずっと私の傍に付いていて下さいました。 私はそれだけで十分でございます。どうかお気をつけて。今日より政にお戻り下さいませ」 幸は笑顔でアマテラスに見送りの言葉をかける。 アマテラスは渋々という顔で三人に見送られながら姿を消した。

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