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未熟な心
幸はいつものように慎ましく、愛想よく言葉を交わしてアマテラスを見送った。
だが、心の中では力器 が零した話の内容に深く落ち込み、傷ついていた。
それと同時に、あちらの世界ではアマテラスに取り入ろうと躍起になっている女神の存在を知って驚きを隠せないでいた。
幸の前でアマテラスの口から女神たちに好意を持たれているという話は聞いたこともなかったし、いつも幸のことを一心に見てくれていることも相まって、アマテラスがこちらの世界の帝のように、女性ならば誰しもが求める存在であることに気がつけなかった。
幸はまるで宮中だと感じた。こちらの世界では入内した女性たちが今日こそ帝と一夜を過ごそうと躍起になっている。
歌で他人を皮肉ったり日記に愚痴を書いてみたり、実際に嫌がらせをしてみたり――
あちらの世界でもそのようなことが行われているかどうかなんて調べる術もないが、幸は自分自身が攻撃の的であることを自覚した。
それと同時に、幸はアマテラスは自分だけのアマテラスではなかったことに気がついてしまった。
当たり前のことなのに、それに気がついてしまった途端、まるで夢から覚めたように心が冷えた。
突然あれ程身近だったアマテラスが遠い存在に感じてしまう。
理解していたはずなのに、どこか抜け落ちてしまっていたこと。
それは、アマテラスが『あちらの世界とこちらの世界を統べる最高神』という雲の上の存在だということだ。
いつ何時も手を差し伸べ、温かな気持ちを与えてくれる――そんな幸の光 であるアマテラスはやはりアマテラスなのだ。
(今も誰かに言い寄られているのかな…)
幸にとって自分の陰口を大勢の者に言われることよりも、アマテラスが女神たちに囲まれていることの方が遥かに辛いと感じた。
(何だか胸が苦しい……むずむずする)
針で刺されたように胸がちくちくと痛む。
ざわざわ、むずむずして落ち着かない。
胸に手を当てて見たり、さすって見たけれど治まるようすはなかった。
(アマテラス様はどうすれば僕のアマテラス様になってくるんだろう…)
どうすればこの願いが叶うか幸には全く分からない。
「いやだ…」
「奥方様?いかがされました?」
「ぅうっ、うぐ……っ、やだぁ…っ」
「力器!!何やってんだい!!紫様を泣かすんじゃあないよ!アマテラス様にどやされる だろう!?」
「お、お俺のせいではない!急に!急に奥方様のご様子が変わられたのだ…!!!」
落ち着いていて寡黙そうな印象だった力器が声を裏返しながら千器に言い返し、幸の隣で取り乱してまごついている。
とても面白い光景かもしれないが、幸にとってはそんなことはどうでもよかった。
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