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未熟な心4
「紫、少しは落ち着いたか」
「ひっ、うぅ…ま、まら、れす」
アマテラスには分かっている。
これがアマテラスから離れないために幸がついた小さな嘘であることを。
アマテラスの腕の中で何度も心が落ち着く経験をして、そここそが心の安全基地だと幸の頭が認識したのだろう。
「ふふ、良かろう。まだ、落ち着いておらぬということにしておいてやる。
涙が止まったとてこの腕は離さんから安心しろ」
「う、うぅ…ふぐ、っん」
「俺が紫に対して怒ることは決してない。俺がいなくなって寂しくなったか?力器か千器にいじめられたか」
ゆっくりと首を横に振り、アマテラスの言葉を否定する。
「私はたくさんの人に嫌われていたことを…知って…ん、ぐすっ」
「確かに容易に受け止められぬ話であったな。だが、お前は案ずるな。俺の傍にいるやつは誰であろうとみんな妬まれる。本当に紫が嫌いなのではない。そやつらが見ているのは俺の傍にいる紫なのだから。で?他にもあるだろう?」
そう言うと幸は黙り込んでしまった。
「俺はお前のことを何から何まで知りたい。知っていたいのだ。頼む、俺に教えてくれ。どんなことでも嬉しいのだ」
そう言うと、幸の口が小さく動いた。
本心を言おうか言うまいか悩んでいるのだろうか。
アマテラスが辛抱強く幸を見詰めて待っていると、ぽつりぽつりと話し出した。
「斎王だから僕はここへ来ただけなのに…本当はお勤め頑張ろうとしてただけなのに…知らないところで悪く言われるのが初めてだったから…辛くて…僕じゃない人と光様が一緒にいちゃいやだって思えてきて、僕の、僕の光様なのに…どうしてそう思うのかも自分では分からなくて、胸がちくちくして苦しくて…ふえぇっ」
幸はこの思いに耐えきれず、この気持ちを隠すことができなくなってしまい支離滅裂に白状した。
こんな気持ちを知ったアマテラスは果たして喜ぶだろうか。
こんなの浅ましくて、独占欲が強く醜い最低な人間だ。
「何と……紫は俺を独占したいと思うようになったか!この俺に他の女を近寄らせるのが嫌なのだな?」
「うぅ…っ、いやぁ…っ」
「ああ、なんといじらしい…今すぐ押し倒して抱き潰してしまいたい…」
「どうして、僕の胸はちくちくするのです?
光様のことを考えるだけで胸が苦しくて重いのです…っ僕はどうしてしまったのでしょう!?」
思いが溢れ出し、アマテラスの前であることも忘れて取り乱す。
泣き腫らし、涙のせいで顔に髪が張り付いていつもの慎ましい幸はどこにもいない。
アマテラスの腕の中に、ただ感情の濁流の中もがき苦しむ幸がいた。
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