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朝食

「お食事をすぐお持ちしますので、しばらくお待ちください」 「うん、分かった」 「幸、昨日はよく眠れたか?」 「は、はい…」 数分前のことを思い出すだけで幸の顔は真っ赤になる。 それを気にせずアマテラスはニコリと微笑んだ。 「失礼いたします」 柊ではない声が入り口で聞こえ、はっと振り向く。 「アマテラス様?」 「あぁ、あれはトヨウケヒメだ。俺の食事を作る。あれでも「農耕」「衣食住」「産業」の神だ」 「か、神様!挨拶もせず申し訳ありません!」 「よいのだ。其方(そなた)のことはアマテラス様から窺っている。(わたし)豊受大神(とようけおおかみ)だ」 神を名乗る者は誰でもこんなに美しいのか、トヨウケヒメもアマテラスに負けず劣らず美しかった。 漆を塗ったかのような艶のある黒髪を白い着物の上から引きずって部屋に入ってくる。 白い瞳に白い肌、緋色の紅を引いた小さな唇がとても印象的な絶世の美女。 幸はいつの間にやら口を開けて目で追ってしまっていた。 食事が運ばれてくると、アマテラスはトヨウケの食事はとでもうまいのだぞ?と自慢げに語って白米をかき込んだ。 (神様もお腹が空くのかな…) 「高天原(たかまがはら)にいる時は腹は空かんが、ここはどうもな」 幸の心を読んだかのような言葉に背筋が伸びる。 「でもこの屋敷は豊葦原(とよあしはら)と言っても、俺の神気で空間を覆っているからそこまで疲れん。だから、ここは高天原との中間の部分になっている」 「え…っ?ここがですか!?」 さらに驚きの発言に手に持っていた箸を落としてしまった。 「この庭の樹や花、魚も皆、高天原のものだ。豊葦原では見たことがないだろう?」 「そう…いえば……。初めて見るものばかりでした」 「ここの時間の流れは、高天原より早いが、豊葦原より遅いからな。腹も空きにくいだろう」 「そういえば、いつもお腹が空いた気がするというくらいです」 雑談をしながら箸を進めていた幸だったが、神様と食事するという非現実をまだ受け止め切れていなかった。 その証拠に、朝食の味すら満足に分からないほど緊張していた。

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