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This could be love?-5

煙草のヤニで黄ばんだ事務所の窓ガラスが汚ねぇな、そんなことを思いつつ黒埼はパソコンのフリーメールで今夜の予約をチェックする。 「またアイツか」 向かい側のデスクでマンガ雑誌を読んでいた彼の弟は黒埼が洩らした言葉を耳ざとく聞きつけた。 立ち上がり、鼻ピアスをした金髪の少年は年の離れた兄に擦り寄ってパソコン画面を覗き込んでくる。 「あー、殴らなきゃ勃たねぇインポ野郎? しょーもねー性癖持ちだよなー」 ブラコンの気が多々ある弟は逞しい兄の肩に抱き着いて笑った。 三十七歳の黒埼は弟の好きなようにさせてやりながらも意味深な表情でメール画面を眺めていた。 予感は的中した。 二時間経っても綾人が一向に戻ってこない。 灰皿に吸いかけの煙草を押し込んだ黒埼は舌打ちする。 「延長は倍増しの別料金だぞ、クソ」 そして彼は車を出、従業員の通用口からホテルに入ると把握済みの部屋へ大股で向かった。 同フロアで営み中の客が勘違いして飛び出してきそうなまでに荒々しいノックで中の人間を呼び出す。 男は、出た。 黒埼は何も言わずに彼を押し退けると部屋の中へ進んだ。 綾人は、いた。 真っ裸で、床に腰を下ろし、ベッドにうつ伏せている状態だった。 黒埼の方を力なく見た彼の下顎には鮮血が滴っていた。 「あの客はもうとらない」 「……私は別に構いませんが」 「他の客がヒクだろうが、その面だと」 「ああ、そうですね……」 様々な光で溢れ返る表通りの眩さに不機嫌そうに目を細めて黒埼はハンドルを切る。 「大学病院の外科部長だったか。ろくでもねぇ性癖の変態医者だな」 「……」 「……おい」 綾人は助手席で眠っていた。 腫れた目元や口元が痛々しい。 赤信号となり、黒埼は体を傾けて再び彼の顔に触れてみた。 「ん……」 痛みが走ったのか。一瞬、眉根を寄せる。 手を離すと、眉間の皺はなくなり、安らかで綺麗な寝顔に戻った。 静かな寝息が煙草の紫煙と絡まって車内に溶けていく……。

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