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ポチくんの憂鬱-3
「あ……っ」
凪と、彼等を目で追っていた人々は瞬時にして凍りつく。
ポチが飛びついたある人物というのは。
燦々たる日の光が降り注ぐ砂浜に似つかわしくないダークスーツを着込み、黒光りする革靴で砂を踏み、妙に尖らされた眼光を周囲へ放っていた。
絶対にその筋の人だ、凪および砂浜にいた人々は揃って顔面蒼白になった。
案じる彼等を他所にポチは小さな尻尾を振り回して男の片足に前脚を引っ掛ける。
頻りに鼻を鳴らしてじっと頭上を見上げ、黒々とした瞳を真ん丸にして。
ど、ど、どうしよ。
よりによって、ポチ、なんでそんな人に飛びついちゃうんだよ!
あ、ダメだよ、じゃれついたら! ズボン汚しちゃう!
思わぬ展開につい立ち竦んでいた凪は、いとおしい愛犬を守るため、恐る恐る男の元へと歩み寄った。
「あ、あの……」
震える呼びかけに直立不動でいた男はその目を凪に向けた。
特にセットしていない黒髪の毛先を海風に好きなように遊ばせて、鋭利に切れ込む眦を微動もさせず、スラックスのポケットに両手を突っ込んだまま。
凪はびくつきながらも言葉を振り絞った。
「ああああの、すみません、えっと、服、お服を汚してしまって……」
もしかしたらクリーニング代請求されるかも。
ぶっちゃけ、今、おじいちゃんからもらったジュース代の百五十円しか持ってないよぉ。
緊張で言葉が縺れる凪を、男は、じっと見た。
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