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世にも奇妙なThis could be love?の憂鬱/パラレル番外編

そこは迷宮。 恐ろしいモンスターを宿主とする、薄気味悪い姿かたちのもの達が巣食う、恐怖のラビリンス。 運悪くも迷宮に誘い込まれた者達。 生き残りをかけた逃走、あるいは闘争が始まる……。 「ひゃぁぁああっ」 アメンボが巨大化したようなクリーチャーに追われて凪は悲鳴を上げた。 松明が点された縦横無尽に曲がりくねる通路を必死こいて逃げ惑う。 やだやだ、怖いよ、これって夢じゃないの……!? 「あ、ポチ……!」 最悪なことに腕の中に抱いていた愛犬ポチが両腕から飛び出してしまった。 そのまま、ぱにくったポチは飼い主の凪を置いてけぼりにして通路の奥へ猛ダッシュ。 あっという間に小さな体は視界から消えた。 「そ、そんなぁ、嘘でしょ、ポチ……!」 ポチに気をとられて泣き喚く凪の背後に巨大アメンボが迫る。 前脚の一本を翳し、凪目掛けて振り下ろそうと……。 「おらぁ!」 随分と頼もしい一声と同時に響いた、痛快な音色。 ッッカーーーーーーーーーン!! 振り返った凪の涙で滲む視界に写ったのは。 金属バットを思い切り振りかぶった姿勢でいる、スーツに黒縁眼鏡の男。 後脚の一本を吹っ飛ばされ、自分と彼の間でバランスをとれずにカサカサと蠢く巨大アメンボ。 「ほら、こっち!」 救世主とはこのことか。 凪は何とか巨大アメンボの横をすり抜けると男の元へ辿り着いた。 男は凪の片手を掴んで走り出す。 「ねぇ、ここ、どこかわかる?」 「うぇぇ、ひっく」 「気がついたら部下と一緒に、この迷路みたいな洞穴にいてさぁ」 「ひっく、ううっ、お、俺もっ」 「あ、君もやっぱりそのパターン? でさぁ、さっき部下とはぐれちゃって、そしたら君の悲鳴が聞こえてきてさ。ね、君、名前なんていうの?」 「うっうっあっぽぽぽぽち、ポチ、ポチがっ」 「ああ、ポチ君ね」 俺は蜩。 弁護士バッチをつけた蜩はそう言うと金属バット片手に笑った。 凪は、性質の悪いその笑い方に、彼に手をとられて走りながらも、ちょっと怪しんだ。 この人、本当に信用してついていっちゃって、い、いいのかな……? 「うぁぁあ、来た、来たぁぁ!」 「ちょ、押したら駄目だってば」 「いやだぁっ兄貴っ助けて~!」 あんまりうるさいので蜩の部下ことシンジは黒埼弟の口を掌で塞いだ。 「もがっ」 トランプからそのまま飛び出してきたようなジョーカーが鎌を振りながらやってくる。 角を曲がったところで窪みを見つけたシンジは、咄嗟に体を割り込ませ、黒埼弟に覆い被さった。 ジョーカーは奇声じみた笑い声を上げながら二人を素通りしていった。 「ふぅ、危なかった」 「もがっふがっ」 「あ、 ごめん」 たたたたたっ 小さな足音が聞こえてきて二人は顔を見合わせる。 シンジはそっと音のする方に用心深く目をやった。 「クーン」 足音の持ち主は可愛らしいむく犬だった。 犬好きのシンジが躊躇せずに腕を伸ばすと、そちらもためらうことなく胸に飛び込んできた。 「なんだよ、この一大事にワンコ拾うんじゃねぇよ」 「君より余裕あるから、俺」 「脇役は死亡率高ぇんだぞ」 「こんな無垢な犬と一緒だったら、生き延びる率、上がりそうじゃない?」 「なるほどな。兄貴の次に頭いいのは俺だから、お前は俺の次に頭がいいってことにしといてやらぁ」 「それはどうも」 「クーン」 「悲鳴が聞こえませんでした?」 綾人に聞かれて黒埼は首を左右に振る。 「そうですか? 聞き覚えのある声で、兄貴、とか」 「佐倉さん、足、大丈夫か」 黒埼に尋ねられて綾人は首を縦に振る。 綾人の様子をじっと見、また、黒埼は首を左右に振った。 「痛いんだろうが、無理するな」 「すみません」 「ちょっと見せてみろ」 丁度見つけた出っ張りに綾人を座らせると、迷宮で運良くゲットした武器を傍らに下ろし、黒埼は跪いた。 挫いた足の靴を脱がせて自分の片膝にそっと乗せる。 「そこまで腫れてはいないな」 黒埼は両手で綾人の足をマッサージし始めた。 得体の知れない迷宮で呑気に整体をやっている場合ではないだろう。 「あ、あの、黒埼さん……」 が、綾人も綾人で、大きな掌でふくらはぎを揉まれ、こんな状況であるにも関わらず頬を紅潮させている。 「こういうところでやるのも刺激的でいいかもな」 こういう状況下、恋人同士がいちゃついていると大抵気がつけばくたばっている、というのが鉄板である。 それを知らない黒埼は赤面する綾人に唇を重ねようと……。 が、勘の鋭い黒埼は不穏な気配を察して通路奥の暗がりを睨んだ。 何かが来ようとしている。 生臭い匂いがし、獣のような息遣いが聞こえてくる。 「に、逃げましょう」 「いや、あんたは手負いだ、迎え撃とう」 「あ、嫌です、あんなのもう無理です、逃げましょう!」 「大丈夫だ、俺はそう簡単にはくたばらねぇから」 知っていますよ! さっき、嫌というほど知らされたんだから! 「さーて、次は何のお出ましだ?」 黒埼は傍らに下ろしていた武器を手に取った。 その名もチェーンソー。 スターターロープを引いてエンジンをかけると、すでに血塗れの刃が凶暴な唸りを上げて振動を刻む。 ああ、やっぱり無理、見ていられません。 薄気味悪いもの達を容赦なく蹴散らしていく黒埼。 頼りになるものの綾人は両手で目を覆い、グロテスクなシーンをまるっと拒絶するのであった。 「俺が守ってあげるからねぇ、ポチ君?」 「……(なんでずっとお尻触ってるんだろう、この人)」 「なにあれ、なにあれ! うわぁぁん、兄貴っっ兄貴ぃぃいっ」 「ちょっとうるさい黙って、ブラコン」 「クーン」 「こいつら他愛もねぇな」 「……返り血が似合いすぎます、黒埼さん」

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