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牡丹は蝶の翅のかほりに-1

空調の程よく効いた黒と白を基調とする洗練され風なフロアの事務所。 「シンジぃ、今日の午前中だけど」 「はい」 「銀行と家裁と簡裁と役所と法務局と郵便局行ってきて、用件はメールで送るから」 「わかりました」 「んで午後は訴訟四件の申立よろしく。そんでお使いね、お茶とお花。後さ、金曜日焼肉予約しといて」 「凪君とですか?」 蜩は弁護士会関係の会報をつまらなさそうにパラパラ捲りながら答える。 「もちろーん。お前も来る?」 焼肉は好きだがいちゃつく二人(正確には蜩が凪に公開セクハラを延々と繰り返す)を前にしていたらあまり箸が進まない。 シンジは丁重に上司からのお誘いを断った。 煙草のヤニで黄ばんだ窓ガラスが薄汚く深夜のような気だるさが漂う雑然とした事務所。 「おい、昨日の客が捺印した契約書どうした?」 「兄貴のデスクに置いた」 「ねぇぞ」 「えええええ!」 「どっかから出てくるだろうが」 「あああ兄貴、ごめんなさい、許して、あっ! 兄貴っいい匂い!」 「あの、こちらでしょうか?」 逞しい黒埼の背中に顔を擦りつけていた黒埼弟は、兄の肩越しに、事務員の綾人が件の契約書を手にしているのを見て批難した。 「てめぇ隠してやがったな!?」 「床に落ちていたのでとりあえず私が保管していました、どうぞ」 「悪いな、佐倉さん」 「……いいえ」 「ちょ、兄貴! 俺いるから! 事務員と二人の世界に入んないで!!」 見つめ合う二人に嫉妬した黒埼弟は兄にしがみついて、足まで浮かし、おんぶをせがむ。 慣れている黒埼は、決して華奢とはいえない、成人男性の一般体型にあるブラコン弟をおんぶしてやった。 いい年した弟が三十七歳の兄にじゃれつくのを微笑ましそうに綾人は眺める。 おんぶされた黒埼弟は兄の温もりを満喫しつつも、微笑する綾人にぶすっと頬を膨らませた。

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