41 / 87

牡丹は蝶の翅のかほりに-6

その夜、黒埼弟と待ち合わせしていた場所に向かったシンジを出迎えたのは。 「おう、来たか、しんちゃん」 黒埼弟の両隣には露出度の高い連れが二人いた。 これでもかと曝された生足が街灯をぴかぴか反射している。 「しんちゃんの話したら、こいつらも来たいって言い出したんよ」 「こんばんはぁ」 「やばぁい、しんちゃん、想像してた以上にカッコイ」 これって合コンだろうか? 台湾料理を出す店にて奥座敷のテーブルに着くと、シンジの隣に黒埼弟、向かい側に女子二人という構図となった。 やっぱり合コンだろうか、これ。 それにしても黒埼君が食事中カウンター以外で隣に座るって初めてだ。 やばい、ちょっと意識しそうだ。 「やばぁい、正面に座るしんちゃん、二倍カッコイ」 「キャッシーずるい!」 「え、きゃっしー?」 「コバヤシだからぁ、キャッシー♪」 「ああ、小林だから、キャッシー……」 壁際に座るシンジはおしぼりで手を拭く。 黒埼弟は早々と店員を呼んで飲み物と料理を適当に注文していた。 鉄鍋餃子の焼ける音が近くのテーブルから香ばしい匂いを伴って聞こえてくる。 「はーい、キャッシーからしんちゃんに質問」 「はい?」 「ぶっちゃけカノジョとかいるの?」 「いや、いないよ」 「えっっ」 その回答に驚いたのはキャッシーよりも隣に座る黒埼弟で。 「しんちゃん、彼女いねぇの? なんで!?」 「仕事が忙しくて」 「まじか。もったいねぇ。一番かっけぇのは兄貴、その次に俺、で、しんちゃんは次くらいにかっけぇのに」 あれ。 黒埼君、俺に彼女がいないと思って、この子達を連れてきたわけじゃないんだ? 「お仕事ってなぁに?」 「弁護士事務所で働いてる」 「えっっ」 またしても驚く黒埼弟。 「しんちゃん弁護士だったん!?」 「いや、俺自身は弁護士じゃなくて、弁護士の補助者をしてるんだけど」 「補助者ぁ? チャリに補助輪でもつけてやんのか?」 「書類作成を手伝ったり裁判所にお使いにいったりとか」 「おつかいぃ? カレーの材料でも買いにいくのかよ?」 本気で問いかけてきた黒埼弟にシンジは丁寧に首を左右に振ってやった。 一品料理で埋め尽くされたテーブルの上、箸が慌ただしげに行き来する。 シンジは一杯目のジョッキをすでに空け、二杯目を注文していた。 「キャッシー、弁護士さんのいる事務所行ったことあるよぉ」 「何か相談事で?」 「この子ね、たち悪い先輩に付き纏われて、脅されたりしてたの」 「そうなんだ」 「弁護士さん、そういうのは警察に言ってね、って、すぐ追い払われちゃった」 「うん」 「どうしようかなぁって、キャッシー困ってたら、サッキーと会ってね」 「え、サッキー?」 キャッシーが隣にいる黒埼弟を指差す。 「サッキーが先輩と話つけてくれて、先輩、もう付き纏わなくなったんだぁ」 ふぅん、黒埼君、女の子のために動いてあげたのか。 シンジがちらりと隣に座る黒埼弟を見た、次の瞬間。 「あぢぃっ」 水餃子の肉汁が口内に溢れて彼は飛び上がった。 二杯目のビールはまだテーブルに到着しておらず、シンジの飲みかけのジョッキを躊躇なく手にして、一気に飲んでしまう。 しかもシンジがきちんとテーブル脇に畳んで置いておいたおしぼりを掴み、口元を拭った。 「危ねぇ、喉火傷するとこだったわ」 「……黒埼君、それ、俺の」 「あ、間違えちった」 黒埼弟は次に向かい側にあったチューハイまでがぶりと飲んだ。 怒るどころかキャッシーが手を叩いて喜ぶ中、氷を一つ掬い出し、口に含む。 「は~冷てぇ、気持ちいい」 指先で摘まんだままの氷で舌先を冷やしているようだ。 それ、なんかえろくない、黒埼君? 「ひぃんちゃん、にゃにのむ?」 「あ、じゃあ、ハイボール」 「ひゃっしーは?」 「じゃあピーチサワー♪」 「じゃあアタシはしんちゃん!」 「え」 「ばっきゃろー百年早ぇんだよ、しんちゃん持ち帰ったらてめぇらしばくぞ、コラ」 氷を吐き出した黒埼弟はにら饅頭をばくばく食べながら女の子二人に言い放つ。 「今日はしんちゃんをお前らに見せびらかすための飲み会なんだかんな、手ぇ出すんじゃねぇぞ、肉食女ども」 「ひどぉい♪」 「サッキーだって肉食のくせにぃ」 「俺は兄貴に教えられた通り好き嫌いせずに野菜だってちゃんと食うぞ、こら」 そう言って黒埼弟はまたシンジのおしぼりで口を拭った。 これって俺のお披露目飲み会だったのか。 そんなに気に入ってもらえているなんて光栄だけれども。 ぶっちゃけると一番の肉食は俺かもしれないよ、黒埼君?

ともだちにシェアしよう!