44 / 87

牡丹は蝶の翅のかほりに-9

「飲み物どうします?」 「俺、グラスワインの赤ね、シンジぃ」 「あ、俺はオレンジジュースでお願いします」 「しんちゃん、俺ぁビール! ねぇねぇっ兄貴は何にする!?」 「ビールで」 「すみません、私も同じものを」 それにしても大所帯だな、と。ドリンクオーダーをとりにきた店員に告げながらシンジは改めて思った。 そこはイタリアンレストランだった。 蜩の知り合いがやっている店で、もちろん、蜩がセッティングしてくれた。 最初は蜩と、その年下の恋人の凪と、シンジと黒埼弟という面子の予定だった。 『なぁ、しんちゃん、兄貴も連れてっていい?』 黒埼弟から問いかけられてシンジは一瞬迷った。 弁護士と闇金業者支配人を会わせていいものかと。 職業柄、軋轢でも生まれやしないかと。 『うーん、そうだね……』 『よっし、じゃあ決まりな!』 『あ……、うん』 かくして黒埼兄の参加も半ば強引に決められて。 「あの……私、今日来てよかったのでしょうか?」 「え!? いや、俺こそよくわかんないまま連れてこられたっていうか」 テーブルの端につく凪に向かい側から話しかけているのは、黒埼の恋人だという、綾人だ。 揺るぎない物腰の黒埼が、じゃあこいつも、というノリで連れてきたのである。 あの人が例のお兄さんの恋人か……。 ていうか、男だったんだな。 お兄さんは相当な面食いだな。 「飯の方はテキトーにって、もう頼んでるから」 隣に座る上司の蜩を、シンジは、珍しくちょっと頼もしく思った。 こんなちぐはぐな席をまとめる自信、まるで、ない。 「カナカナさん、兄貴にちょっと似てるよな!?」 黒埼弟の突飛な発言に、向かい合う当人達は顔を見合わせた。 「どうですかねぇ?」 「どうでしょうね」 ちなみに今日は仕事が休みだった蜩は完全なるオフバージョンだ。 確かに……外見は若干かぶるところがあるかもしれない。 「お兄さん、彼は職場の上司で蜩と言います」 「どうも。ウチのシンジがお世話になっております」 「いえ、こちらこそ弟がシンジさんのお世話になっているようで」 「いえいえ。で、この子は見習いのポチ君です」 「ええ……っ、うう……っ、ポ、ポチです」 「ぶっっ! 犬っころみてぇな名前!」 「黒埼さんのお隣に座られている方は?」 「弟の上司に当たる事務員の佐倉です」 「はぁぁ!? 俺の上司は兄貴だけだぞ!!」 「弟さんの言う通り、上司だなんて恐れ多いです……初めまして、佐倉綾人と申します」 とりあえず自己紹介が済んだ。 飲み物が運ばれてきて、シンジは妙な緊張感を拭うため、ぐっとハイネケンを飲む。 「なんか合コンみたいじゃない?」 蜩が余計なことを言ったので危うく噴出しそうになった。 やめてくださいよ、本当にもう。 まぁ、もしそうだとしたら、俺の狙いは真正面に座ってる子ですけどね。 「兄貴のビールうまそぉ、俺に一口ちょーだい!!」 自分も同じビールを注文したというのに、わざわざ兄のグラスからビールを飲んでいる黒埼弟。 これは手強いな、今日一日で落とせるかどうか。 ……いやいや、これ、合コンじゃないし。 「兄貴ぃ、パスタまいて! パスタまいて!」 どこまでお兄さんに頼るんだろう、黒埼君、俺が目の前にいるのに。 しかもお兄さんもお兄さんで黒埼君の我侭、全部聞いてあげてるんだよな。

ともだちにシェアしよう!