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牡丹は蝶の翅のかほりに-14

「シンジぃ、訴状添付の計算書に誤りあったから簡裁まで訂正行ってきて」 弁護士事務所に補助者として勤めるシンジ、二十七歳。 最近、長かった髪をばっさり切って短髪にし、あっさり塩顔具合に磨きがかかっている。 雑務どころか消費者金融との過払和解金交渉も命じてくる上司に指示をもらい、シンジは、訂正に必要な文房具を揃えると事務所を後にした。 服装は自由で蜩も特に何も言ってこないので、ジーンズにシャツという、家から最寄りのレンタルショップへDVDでも返却しにいくような格好で裁判所へ向かう。 バッグの内ポケットに入れていたスマホが振動を始めた。 通話に出ればつい先ほど耳にしたばかりの声が流れ込んでくる。 「あのさ、ついでに印紙と切手買ってきて、メールで内訳送るから」 「わかりました」 「あと法務局の私書箱見てきて、午前中に申請した書類が入ってるはず」 「わかりました」 「あとコーヒー買ってきて」 やれやれ、今日も一日忙しい。 でもまぁ、うん、今日は黒埼君に会える日だから。 残業がなければ残り五時間、頑張ろう。 結局残業があって残り六時間頑張ることとなったシンジ。 ちゃんとメールで知らせてはいたものの、懸念が頭を過ぎり、駆け足で待ち合わせの場所へと向かう。 待ち合わせ相手の黒埼六華は街頭広場のベンチ……ではなく、茂み前にヤンキー座りでシンジを待っていた。 「おう、しんちゃん」 「ごめん、遅くなって」 「残業か?」 ああ、やっぱり。 黒埼君、俺が送ったメール見てない。 「メール送ったんだけど見てない?」 「メールぅ? あんなん女がするもんだろ」 「お兄さんとはメールしないの?」 「する!! 毎日ばりばり!!」 二十二歳の成人男性にしてブラコン六華の支離滅裂な回答にシンジは一日分の疲れを忘れて笑った。 派手な金髪、ノストリルの鼻ピアス、手首や指先にはシルバーアクセサリー。 「督促で大声出した後の生はやっぱうまいわ!」 六華は兄と共に闇金事務所を経営している。 その辺りについては、シンジはあまり突っ込まず、さり気なくスルーしている。 「まーた出会い系に引っ掛かって返せねぇ、ほざくから、職場の同僚部下上司掃除のおばちゃんら全員に頭下げて借りてこい、言ってやったわ」 「ほら、黒埼君、俺の突き出しあげるよ」 「おお! タコワサ!!」 ぱっと見にはやんちゃ、仕事面でも相当やんちゃなようだが、オフの六華はそんなことはない。 女の子に付き纏うストーカーを撃退したり、回転寿司の炙りサーモンが大好きだったり、お化け屋敷では顔も上げられなかったりする、芯の通ったおちゃめな子だ。 待ち合わせで一時間遅れようと、携帯もチェックせず、理由を知らずに待たされようと「残業か?」の一言で済ませてしまう子だ。 シンジはそんな六華に惚れている。 バイの俺は女の子より男との恋愛経験が多い。 だけど黒埼君はこれまでのリサーチ上、ノンケで、相当なブラコンだ。 「今日の兄貴は昨日よりかっこよかったから、明日の兄貴はもっとかっこいいぞ、どうしよう!!」 ほら、また、お兄さんの話。 「じゃあ明後日は?」 「もっともっとかっこいい!!」 平然と断言する六華にシンジは内心肩を竦める。 かなりの鉄壁が俺と黒埼君の間に聳え立っているような気がする。 無理かもしれないな、彼と恋愛するのは。 告白して、変に意識させて、嫌われるのも寂しい。 こうして週に一度は一緒にご飯を食べて、飲んで、楽しい時間を過ごす関係に留めておいた方がいいのかもしれない。 「しんちゃん、見ろ、この完璧な炙り具合!!」 この想いを告げられないのも、少し、寂しい気がするけれど。

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