51 / 87
牡丹は蝶の翅のかほりに-16
「俺、蝶々の匂い、好きなんだわ」
「蝶に匂い? するかな?」
「する」
「ふぅん。黒埼君は鼻がいいんだね」
「おう。自慢だけど俺の嗅覚ってやつぁまじですげぇぞ」
「蝶ってどんな匂いがするのかな」
「しんちゃんみてぇな匂い」
「ふぅん。俺みたいな……、……、え、俺みたいな?」
「なぁ、これ、もう一杯」
カウンターの内側にいたマスターに大声で注文して、六華は、ちょっと動揺しているシンジと向き直った。
空のグラスについた水滴で指の腹を戯れに冷やしながら、兄の鋭い眼とは似ていないくっきり二重の双眸で、たじろぐくらい真っ直ぐシンジを見返してきた。
「蝶々捕まえたんだわ、こうやって」
六華はごつごつしたリングが目立つ手を、隙間を持たせて、テーブル上で重ね合わせた。
「アゲハチョウ、俺の手の中でじっとして、こうやって開いても逃げずにそこにいたんだわ」
今度は水を掬い上げるような格好にして、六華は、両手をテーブルからやや浮かせた。
「ああ、こいつ、俺に惚れたんだなって、思った」
二杯目の酒がコースター上に置かれた。
空のグラスが下げられる。
シンジの手の中、ガラスの内側で琥珀に浸かった氷が涼しげな音を立てた。
「俺は黒埼君に惚れてるよ」
ともだちにシェアしよう!