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牡丹は蝶の翅のかほりに-16

「俺、蝶々の匂い、好きなんだわ」 「蝶に匂い? するかな?」 「する」 「ふぅん。黒埼君は鼻がいいんだね」 「おう。自慢だけど俺の嗅覚ってやつぁまじですげぇぞ」 「蝶ってどんな匂いがするのかな」 「しんちゃんみてぇな匂い」 「ふぅん。俺みたいな……、……、え、俺みたいな?」 「なぁ、これ、もう一杯」 カウンターの内側にいたマスターに大声で注文して、六華は、ちょっと動揺しているシンジと向き直った。 空のグラスについた水滴で指の腹を戯れに冷やしながら、兄の鋭い眼とは似ていないくっきり二重の双眸で、たじろぐくらい真っ直ぐシンジを見返してきた。 「蝶々捕まえたんだわ、こうやって」 六華はごつごつしたリングが目立つ手を、隙間を持たせて、テーブル上で重ね合わせた。 「アゲハチョウ、俺の手の中でじっとして、こうやって開いても逃げずにそこにいたんだわ」 今度は水を掬い上げるような格好にして、六華は、両手をテーブルからやや浮かせた。 「ああ、こいつ、俺に惚れたんだなって、思った」 二杯目の酒がコースター上に置かれた。 空のグラスが下げられる。 シンジの手の中、ガラスの内側で琥珀に浸かった氷が涼しげな音を立てた。 「俺は黒埼君に惚れてるよ」

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