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牡丹は蝶の翅のかほりに-17
それは見失わなかった大好きな兄貴の匂いとは違っていて。
それは、やっぱり、手の中でうっとりしていた蝶と同じ。
蝉時雨のうるさい木陰、掌の上で色鮮やかな翅を休めて俺に身を預けてきた。
「俺は黒埼君に惚れてるよ」
な、俺の嗅覚まじすげぇだろ?
その夜、シンジは泥酔いせずにちゃんと適度なところでセーブして「帰んのめんどくせぇ」と次の店へ行こうとした六華を自宅のワンルームマンションへ招いた。
大き目の氷でつくったウィスキーのロックを向かい合って一杯ずつ飲み合う。
「オトナ感はんぱねぇ飲みモンだな」
「二十二歳には確かに早いかもしれないね」
「んだよ、ガキ扱いすんじゃねぇぞ、コーラ早飲みだったら俺ぁ負けねぇ」
ちなみに六華は現在パンツ一丁だ。
部屋に招かれるなり「暑ぃ」と止める暇もなく服を脱ぎ散らかし、シンジはとりあえずささっと畳んで、自分は下だけルームウェアに履き替えていた。
日付も変わって、つけっぱなしのテレビは深夜放送のバラエティを流している。
あの女はDだ、隣のあいつはCだ、胸のサイズをわざわざシンジに報告していた六華だが次第に口数が減ってきて。
大型犬のような豪快な欠伸が目立ち始めた。
「黒埼君、ベッドで寝ていいよ」
シンジの言葉に六華は大欠伸をしつつ、こっくり、頷いた。
伸びやかに成長しきった体をのっそり起こして、壁際のベッドまで迷わず進み、ぼふんと横になる。
「しんちゃんも明日仕事だろぉ……」
「うん」
「おら、スペース空けてやっから、ちゃんと睡眠とれ」
まるで部屋の主さながらの発言にシンジは笑った。
出しっぱなしのグラスをキッチンに片づけ、ざっと洗い、ちゃんと歯磨きして、明日朝一でシャワーを浴びることにして。
部屋の照明を最低限に落としてベッドに入った。
六華はクッションを抱いて壁と向かい合っていた。
背中の牡丹が薄闇に一つ咲いていた。
大輪の花弁には朱が差してある。
くっきりした墨の縁取りをぼかすように濃淡がつけられている。
シンジは牡丹に触れてみた。
すると、まだ眠りについていなかった六華の肩が震えた。
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