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牡丹は蝶の翅のかほりに-18
「しんちゃん、また酔ってんのか」
「酔ってないよ」
シンジは即答した。
衣擦れの音を立て、さらに、六華に近寄る。
近くで見ればしっとりとした質感の肌。
そこに艶やかに開花した花。
見惚れてしまえばキリがない。
シンジは牡丹にキスしてみた。
次の瞬間、また六華の肩が震えた。
「くすぐってぇ」
「女の子にされたことあるだろう?」
「あっけど。しんちゃんのはくすぐってぇ。しんちゃん、やっぱ酔ってんだろ」
「酔ってないよ」
ぎし、とベッドが軋んだ。
目線を上げれば、肩越しに、六華の双眸と目が合う。
彼は笑っているようだった。
「この間は酔ってた」
「うん、この間は。でも今は酔ってない」
「指、すっげぇ熱いのに?」
薄闇の中での会話に胸が高鳴る。
笑みを含んだ、珍しくボリュームを絞っている六華の声色にも興奮を煽られる。
「黒埼君に触ってるからだよ」
牡丹に頬を押し当ててシンジは呟く。
「黒埼君のことが好きだから」
両腕を六華の裸の胸元へ回して小さく息をつき、目を閉じて、問いかけてみた。
「今、気分、悪い?」
「悪くねぇ」
シンジは目を開けた。
上目遣いに視線を寄せれば六華が真っ直ぐに自分を見下ろしていて。
「気持ちいいよ、しんちゃん」
薄闇を纏って笑う六華にシンジは疼いた。
衝動を我慢できずに、そのまま、六華の唇にキスした。
先に唇を開いたのは六華の方で。
先に舌を結びつけたのはシンジの方で。
二人同時に互いの微熱に夢中になる。
唇が溶けてしまいそうだ、とシンジは思った。
仰向けになった六華に覆いかぶさって、幾度となく角度を変えては焦ったようなキスを繰り返す。
六華の手が頭に伸びて、指先が髪に絡みつくと、そんな些細な触れ合いにさえ心臓が火傷するような心地になった。
一時だって離したくない、そんな甘い陶酔感に溺れていたのも束の間。
「いたっ」
シンジは自らキスを解いた。
彼のすぐ真下で唇を隈なく濡らした六華が目を丸くさせる。
「しんちゃん、食べ過ぎか?」
「違うよ、そうじゃなくて……君の指輪に髪が……」
六華が指にはめているリングの細工にシンジの髪が巻き込まれたようだ。
下手に動けば頭皮を引っ張られて痛みが増すため、じっとしているシンジの代わりに六華がもぞもぞ身を起こす。
彼の黒髪に沈めていた指をそっと引き抜いて、細工に引っ掛かっていた髪を一本一本取り除いてやる。
「うけるな、しんちゃん」
「……うけないよ、ムード台無し」
「俺ぁムードとか雰囲気とか気にしねぇけど」
「……」
「くっつきたい気持ちがあれば十分じゃねぇの」
今すぐ黒埼君のこと抱きしめたい。
湧き上がった欲求を必死で堪えて、シンジは、六華が笑いながらリングに絡まった髪を解き終わるのを待ち侘びるのだった。
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