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闇金事務所の恋愛事情-4
黒埼の台詞に綾人は赤面した。
慌てて両腕を交差させて顔を隠そうとする。
もちろん黒埼がそれを許すはずがなかった。
自分より細い両手首をシーツに縫い止めると、さらに上体を倒し、再び口づけた。
幾度となく角度を変えては唇を開閉させ、尖らせた舌先を絡ませる。
綾人は火照った息を添えて自らも舌尖を繋げてきた。
薄目がちに、喉奥で嬌声を滲ませ、濃厚なキスに甘く酔う。
『……堕ちたところで息はできますから』
あの頃と比べると別人だ。
時にその表情が辛辣な過去を物語る翳りに呑まれることもある。
だが、よく笑うようになった。
なんてことはない事務所の雑務を自ら率先して真摯に引き受けて。
掃除や料理といった家事を楽しそうにこなして。
生活を組み立てる一つ一つの物事をとても大事そうにしていた。
『私のこれまでの人生で、今、この生活こそが息抜きなんです』
以前、肩を揉んでやった黒埼に綾人は耳を赤くしてそう告げた。
あの言葉は何があっても忘れないと、黒埼は、思う。
「ぁ……ぁ……ん、っ……はぁ」
「……」
「きもち、いいです……熱くて……んっ……夢の中にいるみたい……」
縫い止めていた手首を自由にしてやると、綾人は、黒埼の両腕を子供のようにぎゅっと掴んできた。
「こういう気持ち…………幸せって…………言うんでしょうか」
この言葉も何があっても忘れないと、黒埼は、思う。
浅く頷いて「夢じゃねぇよ」とだけ答えた。
腰から下が蕩けそうな深い律動に綾人は正常な呼吸を忘れた。
「あ……っぁぁ……っあ……くろ、さき、さん……!」
パイプベッドが激しく軋む。
黒埼の容赦ない腰遣いは綾人の肉壁最奥を抉じ開け、止まることのない摩擦感を連続して送り込んできた。
喘ぎ疲れても突かれる度に零れ落ちる吐息。
曝された喉仏がひくひくと震えている。
黒埼の律動がより加速した。
「あっあっあっ…………んっ……ぅ…………!!!!」
肩に担がれていた綾人の両足ががくがく引っ切り無しに揺れていたかと思うと。
黒埼が奥深くの肉壁窪みまで勢いよく打ちつけたところで、ぴたりと、揺れが止まった。
「は………………」
頬を滴る汗もそのままに黒埼は低く息を吐く。
鋭い一重眼に一瞬だけ過ぎった、絶頂の、隙。
ベッドで綾人にだけ見せる裏世界に属した男の無防備なひと時だった。
「あ……ん……あ……」
身の内に迸った黒埼の熱飛沫に綾人は切なげに身を捩じらせる。
荒々しい鼓動を刻む彼の熱源にぶるっと痙攣し、ドライで、達した。
腹部に反り返って張り詰めたままのペニスがなんとも卑猥である。
乱れた黒髪をかき上げ、黒埼は、すぐ真下でひくついている綾人を見つめ直した。
頬を撫でると、ぴくんと瞼を震わせ、束の間の虚脱から半分目覚める。
「くろさきさん……」
覚束ない呼号が鼓膜をくすぐる。
子供じみた呟きに小さく笑い、黒埼は。
ずっと綾人に埋めていた熱源を引き抜いた。
「ぁっ……ン……」
楔を抜かれた綾人は無意識に色っぽいため息をつき、力を抜いた。
唾液で湿る口元もそのままに、どこか遠くをぼんやり見つめる。
「……黒埼さん?」
ふと視界から黒埼のシルエットが消え失せたので綾人は我に返り、何度も瞬きした。
繋がりを解いた黒埼は彼の足元へ移動していた。
白濁のこびりついた、硬いままのペニスを、唇の内側へ……。
「え……っ? あ、待って、くろさきさ、っ、ぁ、っぁ……っ」
いきなり喉奥までくわえ込まれた。
咄嗟に止めようと出かかった呼号は嬌声へと変わった。
これまで黒埼にそれをされたのは数えられる程度。
慣れない口淫に綾人は上体を浮かせ気味に、シーツの上で感電したかのようにびくびく仰け反った。
喉奥で締めつけられて裏筋や鈴口を念入りに舐め回される。
音を立ててきつめに容赦なく吸い上げられる。
すでに何度か達して敏感にさせられている綾人にとって許容範囲すれすれの奉仕だった。
「ぁぁぁ…………そんな、の……もぉ、また……っい……いきそ、ぉ……です……」
いっていい、そう答える代わりに黒埼は綾人が弱いとする箇所を舌で攻め立てた。
「ぁ……っぁ……ぁ……ッッッーーー…………!!!!」
シーツの上で溺れるように綾人は達した……。
「あ、キスマーク」
綾人は反射的にうなじを片手で覆った。
背後に立っていた黒埼弟、六華は、してやったりな表情を浮かべる。
「引っ掛かってんじゃねぇぞ、そんなんじゃ誘導尋問ですぐゲロするぞ、こら」
「すみません」
雑然たる事務所にて、事務員と弟のやりとりをデスクから眺めていた支配人はおもむろに立ち上がると。
綾人に小姑の如く文句をぶつけている六華の背後に音もなく迫り、うなじを覆っていた長い髪をぐっとかき上げた。
「べったりここにつけられてる痕はなんだ、六華」
「え、え、え? み、見えねぇ! ぜんっぜん見えねぇ!」
「六華さん、犬でも飼い始めたんですか?」
六華のうなじにある紛れもないキスマークを目にして放った綾人の天然発言に黒埼は声を立てて笑うのだった。
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