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高校生編 第9話
教室に入ると、扉を閉め施錠する。
二年三組は他のクラスの机や椅子も運び込まれ、雑然としていた。窓もカーテンも閉め切られ、薄暗い教室の中、目を凝らす。
一歩踏み出したところで、紘一が何かに躓いた。
真っ黒に塗られたキャンバスだ。
「なんだこれ……」
拾いあげようと腰を折る。
「んー! んー! んー!!!」
教室の奥から、呻き声が聞こえた。
「誰だ?」
紘一の双眸が見開かれた。
「蒼!! なんでこんなことに……」
猿轡をかまされ、後ろ手に縛られた蒼が、床に転がっていた。
急いで近づくと跪き、蒼の上体をゆっくり起こす。素早く猿轡と手首の布を取り払うと、蒼が激しく咳き込む。
背中をさすりながら、紘一の怒りは収まらなかった。
「誰がこんなこと!」
聞かなくても思い当たる人物は一人だ。迂闊だった。まさか大勢出入りする文化祭に、行動を起こすとは思っていなかった。
「僕……ベータじゃなくて、オメガだった……。最近わかって……」
予想していなかった返事に、言葉を失う。
「それで学校に性別の再申請したときに、美術部の顧問に聞かれたみたいで……それからしつこく付きまとわれて……でも! 紘兄が一緒にいてくれたから………」
俯いたまま話していた蒼の肩が、息苦しそうに上下に動く。
「…………おい? 蒼? 大丈夫か? 耳真っ赤だぞ。熱でもあるんじゃないか?」
紘一が心配そうに蒼の顔をのぞき込む。
「熱なんて…………う……」
オメガの強い香りが、教室に瞬く間に充満する。
紘一は咄嗟に鼻を掌で塞ぐ。
「はぁはぁはぁ…………苦し……紘にぃ……助け……」
ーーこれが、オメガの発情。
すぐに佐久間を呼ばなくてはいけない。そう頭の隅では思っているはずなのに、足が固まって動かない。
携帯で連絡しようと、胸ポケットに手を伸ばす。蒼が体の異変に耐えきれず、その腕を掴んだ。
「蒼、すぐ楽にしてあげるから」
翔太に連絡するのをやめ、鼻から掌を離した。
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