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社会人編 第2話
保護者の欄に蒼の文字を見つけ、紘一は瞠目した。
「……蒼が……生きてる……」
時計の秒針が、カチッと音を立てて進んだ気がした。
住所を確認すると、学校までは電車を乗り継いで三十分ほどの場所だった。すぐに会いたい。しかし、まだ三時間目で、四時間目から六時間目まで自分の担当の教科である数学の授業が入っている。
必要書類が揃ってないとか、何か理由をつけて、電話だけもしようと思い、近くの電話の受話器を上げる。
電話番号に記載されている番号を震える指先で押す。長い間コール音が鳴ったが、応答する声はなかった。不在のようだ。
転校生の書類を再度手に取る。性別はアルファ。書類を隅々まで確認するが、保護者の名前は蒼ひとりだ。しかし、苗字が「沢圦」ではなく「和泉」であることに、別人の可能性を否定できなかった。
ホームルームを終え、陸上部の顧問をしている紘一は、いつものようにジャージに着替え、グラウンドに出るためにシューズを履き靴紐を結んでいた。
手元に当たっていた夕日が、人影によって遮られる。
「結城先生。ちょっとお時間ありませんか?」
顔を上げると、そこには三年の、オメガでありながら生徒会会長の藤堂 柾紀 が立っていた。
「なんだ? 生徒会のことなら担当が違うが」
「生徒会のことではありません。先生に折り入ってお話があるんです」
「……わかった。聞こう」
紘一は渋々頷いた。
生徒会室は誰もいなかった。傾いた太陽が室内の奥まで照らし、二人の影を映し出す。
「話はなんだ?」
今日は生徒の相談を受ける心境ではなかったが、邪険に扱うわけにもいかない。
「最近、オメガの間で流行ってる薬、知ってますか?」
「……知らないが?」
何を言いたいのか理解できず、眉間に皺を寄せる。
「発情促進剤っていうものですよ。飲んですぐに効果が現れて、いつもの発情より、何十倍ものフェロモンが出るんです。目の前のアルファは、誰一人抗えない。アルファに告白するより手っ取り早いって……ねぇ先生?」
藤堂は妖艶に微笑すると、制服のポケットから、何かを取り出し紘一の目の前でそれを飲んだ。
それは、錠剤のようだった。
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