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社会人編 第11話 ー光編ー
目の前で何が起こったのか、動揺していた頭では処理出来なかった。
大勢の大人が、教室に雪崩れ込んで、藤堂を連行していった。そして医師らしき人物が、紘一の処置をすると、あとから来た救急隊員が持ってきたストレッチャーに乗せ、去っていった。
しばらくして戻って来た男は、光と目線を合わせるようにしゃがむ。
「結城の息子だろ? 今から病院に行くけど、一緒に行くか?」
光は力なくコクリと頷いた。
父親が嫌いだった。
幼いときから、父のことは聞いてはいけないことだと感じていた。母は父に捨てられたのだと、成長するにつれ、それは確信に変わった。
母のうなじには番の痕はなく、父とも会っている気配もない。自分の性別がアルファとオメガからしか生まれないとされているアルファだと判ったときには、父は番にもならず、子供を孕ませた最低なアルファだと烙印を押した。
実際会って、それは自分の思い違いなのだと思い知らされた。父は何も語らなかったが、母を介して聞いた話では、父はずっと母のことを捜していた。そして母は死んだと伝えられていた上に、息子の存在は一切触れられていなかった。
知らされていない息子がいて、しかも十六歳になっているなんて、想像もしていなかっただろう。
もしかしたら、その現実を受け入れるのに相当な葛藤があったかもしれない。けれど、覚悟を決め、愛情を注いでくれようとしていた。それを拒絶したのは光自身だ。
『光。お前に会えて良かった……』
耳に残る掠れた声。あの時、父はどんな表情をしていたのだろうか。
本当はいっぱい話したいことがあった。なのに自分の勘違いによる羞恥心と、母を取られてしまうのではないかという嫉妬から、素直になれなかった。そんな感情など、かなぐり捨てて、ちゃんと話せば良かったと後悔しても、後の祭りだ。
薄暗い病院のロビーに一人きり。あれからどのくらい時間が過ぎたのだろうか。
病院に連れてきた『高瀬』と名乗る男は、光をロビーに置いてどこかへ行ってしまった。
「光!」
夜間入り口から走ってきたのは、蒼だった。その後から高瀬が入ってきた。蒼を迎えに行っていたようだ。
「紘…………結城先生は!?」
息を切らせて、光に状況を尋ねる。
「俺のせいだ……俺のせいで…………もし親父が死んだら……どうしよう……」
「!」
蒼は光が紘一のことを『親父』と呼んだことに驚いた。
「大丈夫だろ。佐久間がすぐに処置してるから」
高瀬はノープロブレム! と暗くなった雰囲気を明るくしようと、おちゃらけてみせた。
「佐久間先生? 学校に来てたのは佐久間先生ですか?」
「へ? 見たら分かるだろ……?」
光は生まれつき、人の顔が認識できない。相貌失認と呼ばれているもので、治療方法は確立されていない。
「オレ……人の顔が、よくわからないんです。大半は声とか髪型で判断していて……」
瓜二つ、そっくりと言われる父親と自分の顔。そのどちらも認識するのは光には難しかった。
「そっか……悪かったな。そんなしょぼくれた顔するな」
高瀬は光の髪をくしゃりと撫でた。
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