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高校生編 第2話
「まずは手始めに、何か軽いお願いを沢圦くんにしてください。相手に負担にならない程度の軽いものを。あと沢圦くんとはどのくらいの頻度で会ってますか?」
テーブルに広げられた文化祭の注意事項の書類を、一部ずつステープラーで綴じながら翔太が紘一に質問を投げかける。
「ちょっと待て! 協力してくれるのは有難いけど、俺に何させるつもりなんだ?」
生徒会長の席から、紘一が訝しげな眼差しを送る。
「大したことではないです。単純接触効果、と呼ばれるもので人は何度も会うことで、好感度が高まるそうです。幼馴染なので、そこはクリアされていると思いますが、もし最近会う機会が少なくなっているようでしたら、会う機会を増やしてください。それと、軽いお願いをすることで、会長のことを少しでも考える時間を相手に与えることになります」
翔太はいたって真剣に、紘一 の恋を成就するために、付き合ってくれるようだ。
約一年前、生徒会のメンバーが初めて顔合わせをした日、佐久間翔太は自己紹介の簡単な挨拶のあと、一言告げた。
『私には番がいます。なので、もし校内でオメガの匂いを感じた時は、私を一番先に呼んでください』
その当時まだ高校一年で、しかも学年トップの成績を誇る佐久間翔太が、番がいる、と発言したことに一同ざわついた。まだ独り立ちしていない人間が番を持つことは、だらしない、と言われているからだ。それ以降、番の話をすることはないが、オメガの対応をすべて翔太が受け持っていることで、学校内は目立った問題は起こっていない。
「そんな簡単なことで、好きになってもらえたら誰も苦労しないだろうな……」
勝算があるとは思えず、紘一は机に突っ伏した。
「まあ、私も試していますから……」
「え?」
突然小さくなった翔太の声が聞き取れず、紘一が顔を上げ聞き返す。
「いえ、なんでもありません。ちゃんと沢圦くんに早めに"お願い"をしてくださいね」
ミッション:軽いお願い
「蒼、おはよう」
紘一は電車を待つ蒼を目ざとく見つけると、片手をあげつつ声を掛ける。色素が薄く、軽く癖がある髪を揺らしながら紘一の方を向くと、蒼はにこりと微笑む。
蒼の近くで、同じ学校の生徒が歓喜の声をあげる。
『会長よ! 今日も素敵ね!』
『会長いつもこの時間の電車なのかしら』
直接会長に話しかけるのは憚れるが、好意の視線を無遠慮に送りながら、口々に言う。
生徒会の業務がない時は、蒼と同じ電車に乗る。これは蒼が同じ高校に入学してきたころから続いているが、生徒会長は全校生徒が登校する前に校門に立ち、登校する生徒たちに挨拶をする業務があり大半は一緒に登校することはない。
「おはよう、紘兄 」
蒼の横に並ぶと、紘一は周囲に聞こえないくらいにボリュームを絞った声で、蒼の耳に口を寄せる。
「蒼、ちょっとお願いがあるんだけどさ」
「ん? なに?」
「明日から一週間起こして欲しいんだ。実はさ、今日から両親が二人揃って海外出張で……」
「紘兄って昔から朝苦手だよね。……いいよ。起こしてあげる。六時半ぐらいでいい?」
「あぁ……。ありがとう。助かる。蒼は優しいな」
手の掛かる兄を見つめるような表情で、蒼は苦笑した。
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