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第9話

 譫言の様に匡人の名前を呼びながら真昼間から自慰行為など頭がおかしい。しかも部室で。  でも、これで匡人の存在を感じられるのは最後なんだと思うと涙が滲んできた。  想像の中の匡人は優しくて、俺の事を抱きしめながら先輩ではなく光希さんと呼んでくれる。 『光希さん、気持ちいいですか?』 「…ぅん、ぁ……まさと……っぁ……」 『もっと僕に甘えて』  優しい言葉を想像するともっと高ぶってしまい、上下に扱きながら水音を響かせて、扱く指は最近覚えてしまった後ろの方へとのびる。先走りを纏った指が抵抗なく呑み込まれて内壁を擦れば身震いした。 「まさ…と、……あぁっ」  そんな時。愛しい匂いに包まれながら粘着質な音を響かせよがっていると、がたっと物音がした。それと同時にバサバサッと書類のようなものが落ちる音がしてハッと我に返る。 「先輩……なにしてるんですか?」  匡人の声に血の気が引いた。  恐る恐る振り返り姿を確認すれば呆然と立ち尽くす匡人がいて、一瞬にして視界は色を失う。  言い訳すらできないこの状況に俺は「ごめん」と謝るのが精一杯で、ガタガタと震えながらなんとかズボンを上げ匡人を押し退けて逃げるように部室を後にした。  最悪だ。よりによって匡人に見られてしまうなんて。体育館など覗かなければよかった。未練たらしく部室になど行かなければよかった。最後だからなんて……。  無我夢中で走ってその日はどうやって帰って来たのかも覚えていない。  振り返る事なく一心不乱に走って学校から遠く離れたところで膝をつき大きく肩で息をする。涙が込み上げてきたのと同時に胃液も上がってきた。  ふとポケットに手を入れればさっき持ってきてしまった匡人の第二ボタンが指先に触れた。  もう全て終ってしまったけど唯一残った俺の気持ち。  その日の夜、俺は悲しみとその小さな証だけを持ってこの街を出た。

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