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麻貴の生活圏内から離れ難く、日がとっぷり暮れても琉真はその周辺に留まっていた。 恋人が住むマンションの裏手を通ってみたり、利用しているかもしれないコンビニを意味もなく訪れてみたり。 耳に馴染んだ歌声をイヤホンで聞きながら麻貴が日頃目にしているだろう街並みを体感した。 ……もうすぐ七時か。 ……明日も普通に学校だし、そろそろ帰ろうかな。 冷静にそう思いつつも、もしかしたら麻貴が帰ってくるのでは、そんな仄かな期待が頭を過ぎって帰りそびれてしまう。 長時間、未練たらしく外を歩き回って冷えた体。 鼻先が赤くなっていた。 「あの子、さっきも見かけた」 「あー。イケメンだから目についちゃうよね」 冬でもモテオーラは健在、厳しい寒さに凍えているとはいえ、猫背になるでもなくストイックに歩き続ける、つっけんどんそうなモテ見た目をした男子高校生に一部の通行人はホゥ……と見惚れた。 ……メールしてみようかな、家の近くにいるって。 ……いや、駄目だ、そんなの仕事の邪魔でしかない。 スマホを取り出し、メールを打ちかけた指をストップさせ、マフラーの内側で琉真はため息をついた。 俺ってこんなにワガママなこどもだったんだ。 会えないからって、淋しがって、こんな意味のないことやって、情けないな。 ……早く平気でいられる大人になりたい。 ……だから、いい加減、もう帰ろう。 琉真はスマホをブレザーのポケットに仕舞い、本日すでに何度か渡った横断歩道に向かった。 青信号になるのを待つ数人の通行人の背後に立つ。 空腹だし、眠気もあって、俯きがちに欠伸を一つした。 「……、……」 真正面には制服を着た同年代と思しき女の子が二人、立っていた。 イヤホンをしているので会話は聞き取れないが、何やら向こう側を指差して笑い合っている。 琉真は何とはなしに顔を上げて横断歩道の対岸に目をやった。 「あ」 交通量の多い時間帯、ヘッドライトを点した車が安全運転で走行する車道の向こう側に。 麻貴がいた。 しかも、ただ立っているだけじゃない、ぴょんぴょん飛び跳ねては満面の笑顔で片手を大きく振っていた。 ……麻貴さん……。 珍しくオーバーリアクションに至っている恋人に琉真は素直に褐色頬を紅潮させる。 が、真正面にいた女子二人が振り返って自分を見ていることに気がつくと、気恥ずかしくてそっぽを向いた。 歩行者信号が青に変わる。 イヤホンを外すのも忘れて突っ立っていた琉真の元へ、飛び跳ねるように横断歩道を駆けてきた麻貴がすぐに到着した。 「どうした、琉真!?」 イヤホンをしていても、周囲の騒音をものともしないで、その呼び声は琉真の鼓膜に届いた。 「この辺に用事でもあったのか? 来るなら連絡してくれたらよかったのに!」 ショート丈のビジネスコート、グレーのスーツに落ち着いたカシス色のセーター、ストライプ柄のネクタイをした麻貴は白い息を吐き散らして琉真に笑いかけた。 ……あ。 ……抱きしめたい。 歩行者信号が赤になっても棒立ちのままでいる琉真に麻貴は首を傾げて。 耳にはめられたままのイヤホンを特に了解もとらずに自分で外した。 「おーい? 琉真?」 一瞬、冷えた指が耳たぶに触れた。 久し振りに会う年上の恋人が自分以上に喜びのリアクションをとってくれたことに感激して、些細な接触に心臓をブルリと波打たせて。 琉真は斜め下を向いて「用事はなくて、麻貴さんに会えるかなって、うろうろしてた」と正直に告げた。 嬉しいときに斜め下を向く癖を把握済みの麻貴は……心臓が蕩けそうになった。 「うん……最近立て込んでて」 「うん、知ってる」 「牛丼買って帰ろうかと思ってたけど、その辺でラーメンでも食べてくか?」 「うん……お腹へった」 でも。 今は。 「お腹へったけど、それより……麻貴さんと二人きりでいたい」 「あ……うん、そうだな、俺も……」 「「うん……」」 夜風が吹き荒ぶ中、電柱の傍らで逆に胸を火照らせる二人なのだった。

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