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「結婚するんだ」
四月のことだった。
麻貴は一年以上付き合っていた恋人から不意討ちなる衝撃告白を食らった。
しかもことが済んだばかりのラブホのベッド上で。
なおかつ耳を疑う台詞がまたしても。
「結婚したからって、俺達の関係終わらないよな? そんなことお前は気にしないよな?」
麻貴は呆れて返事すらできなかった。
いつもと何も変わらない恋人と別々にホテルを出て家路につき、スーツ越しに街の喧騒に触れていたら、一時停止に陥っていた思考が徐々に機能し始めていった。
随分と見下げられたもんだな。
あんまりにも理想通りの見た目と抜群な体の相性に目が眩んでた、か、ゲスな本性見抜けなかったなんて不甲斐ない。
こちとら誰かの所有物を食い漁るほど飢えてねーよ。
車が快速に流れる表通り、通行人がちらほらいる歩道で麻貴はスマホを取り出した。
目の前でいちゃつく高校生カップルに肩を竦めつつ電話をかけた。
「あ、もしもし、俺だけど。さっき言い忘れた、結婚おめでとう」
スカート短いな、パンツ見えそう、男はイヤホンしてるのか、それでいいのか女子高生。
「で、俺さ、お前が思ってる以上に不器用なんだよ。お前みたいに器用に二股とかできないんだよ。不倫なんか当たり前みたいな世の中で絶滅危惧種並みに不器用なんだよ」
何言ってるのか最早自分でもわからない、まぁいいや、とっとと切り出そう。
「金輪際お前とは会わない、別れよう、他にもっと器用な奴見つけてくれ、え、冷静になって考え直してくれって、バカかお前、そっか、お前って想像以上のゲスバカだったん、」
「しね!!!!」
麻貴はぎょっとした。
目の前で彼氏と思しき男子高校生に激しく甘えていたはずの女子高生が罵声と共にその相手に平手打ちをかました。
振り返ったかと思えば自分にぶつかってパンチラ全開で走り去っていった女子高生。
呆気にとられて彼女の後ろ姿をしばし見送っていた麻貴が正面に視線を戻してみれば。
男子高校生と目が合った。
遊び慣れていそうな雰囲気。
イヤホンを外し、立ち止まっていた麻貴にゆっくり近づいてきた。
「すみません」
「え」
「変なところ、見せて、ぶつかって。すみません」
いや、それは全部君の彼女がしたコトだし。
「えっと、頬、切れてるよ」
彼女がはめていたリングで傷ついた頬に気付いた麻貴は、常時携帯しているハンカチを取り出し、突っ立っている彼に手渡した。
「あげるから。家に帰ったらちゃんと消毒した方がいい」
あれ、いつの間に通話切ってた、まぁいいや。
突っ立ったままの男子高校生をその場に残して歩行を再開させた。
元恋人との思い出を速やかに躊躇なく携帯から削除していく……。
「あの」
麻貴が振り返ればすぐ背後に迫っていた男子高校生。
「ハンカチ。ありがとうございます」
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