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「たらいま、琉真」
その夜、十時前後という時間帯に帰ってきた麻貴の呂律は微妙に怪しくなっていた。
「おかえり、麻貴さん」
琉真は酒とタバコの匂いに塗れた、いつになくふやけた口調の年上営業リーマンを嫌な顔一つせず淡々と出迎えた。
夏休みもあっという間に残り僅か。
大量の宿題を地道にほぼ片づけた高校生の琉真は昨日から麻貴のワンルームにお泊まりしていた。
『来週、ウチに三泊?』
『だめ……かな、迷惑、やっぱり』
『えーと。親御さんは心配しないか、そんな連泊して』
『友達のウチに泊まるって言う、基本放任だし、心配されない』
先週末、遅めの夕食をとっていたステーキ専門のファミリーレストランで琉真がお泊まりおねだりを切り出せば、向かい側で脂身少な目さっぱりヒレステーキをぱくついていた麻貴は「うーん」と渋った。
『あんまり構えないぞ、最初の二日間は仕事だし』
『うん、別にいい』
『二日目は飲み会入ってるし』
『麻貴さんちで変な映画見てる』
『偉大なるホラー監督ロメロの遺作を変な映画扱いするな』
ちょっとは嬉しがったりしてくれるかと思った。
だけど、むしろ、やっぱり迷惑っぽい。
でもそばにいたい。
この夏休みの間に麻貴さんのこと、もっともっと知りたいから。
『放置していいよ、お守りされたくて泊まりたいわけじゃない、俺は、いっしょの時間過ごせたらそれだけでいい』
ステーキでも食べ方が綺麗なんだ、麻貴さん。
肉よりも、ナイフとフォークを握ってる指の方がおいしそうって、そう思う俺って危ないのかな。
『そのいっしょの時間をつくれるかどうか……』
『…………』
『そんな顔するなよ』
『……俺、どんな顔してたっけ』
上質な赤身をゴクリと飲み干し、肉の旨味成分が染み渡った唇上下を紙ナプキンでさっと一拭きし、麻貴は苦笑いを。
『つまんなくても知らないからな』
「は~~、今日も一日つかれた~~」
ネクタイを緩めてワイシャツを腕捲りした麻貴は手洗い・うがいをさぼって三人掛けソファへまっしぐら、後をついていった琉真はどうやら酔っ払っているらしい彼を繁々と見下ろした。
酔ってる麻貴さん、初めて見る。
いつもは隙がなくて、しっかりしてて、オトナで、かっこいいけれど。
「琉真ぁ、今日は俺のウチで何して過ごしてたぁ……?」
無防備な麻貴さん、かわいい……な。
「変な映画見てた」
「だーかーらー! 変な映画扱いすんなっ」
「それから掃除したり、洗い物したり、そこのスーパー行って切れてた玉子買ってきた」
「えらいっ、コンビニのは高いからさ~、よくできました、琉真はえらいな~」
頬を上気させ、やたら上機嫌な麻貴に頭を撫でられて琉真は照れた。
「お水持ってこようか」
「んー? いらない。ちょっと寝る」
「寝るの? シャワーは?」
「あーとーでー」
こどもみたいにそう言うと麻貴はソファにごろんと横に、クッションを抱いて気持ちよさそうに目を瞑った横顔に琉真は正直、むらむら……した。
だめ、だめ、だめ。
麻貴さんは疲れてる。
それに酔ってる。
ぶっちゃけ、すごく、めちゃくちゃかわいいけど。
酔ってる人に、勝手にいろいろするのは、よくないことだ。
「麻貴さん、俺、シャワー浴びてくる」
スケベ心と理性が葛藤した末に絞り出された言葉。
本能を捻じ伏せたご立派な高校生はソファで寝かかっている無防備極まりない麻貴に、肌触り抜群なタオルケットを、ふわり。
それから乱れた自分の髪をぎこちなく一撫でして浴室へ向かった……。
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