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ショコラな本能-5
「思いきり共感するが、な。どうする。外に避難するか? それとも耳栓でも用意するか」
他の生徒がクスクス笑うと、隹は自身の唇の前に人差し指を立てて牽制し、式の方に向き直った。
「大丈夫か?」
講堂の格子窓を満たす日の光。
すりガラス越しに柔らかく通路を照らし、やけに鋭い目が青水晶色に再び耀いて、式は微かに息を呑んだ。
「……大丈夫です、すみません、平気です」
顔を背けて答えれば「無理するなよ」と言い残し、隹は速やかに壁際へと戻っていった。
一分にも満たなかった束の間の出来事。
何事もなかったかのように保たれゆく静けさ。
(……隹先生の目、怖い……)
「式、なんか具合悪そうじゃなかった!?」
講堂での式典が済んで教室へ戻れば隣席の宇野原に心配された。
「あ……ちょっと疲れてて、頭痛がして……でも、もう大丈夫だから」
「本当っ? また具合が悪くなったらすぐに教えて! あ、そーだ、後で保健室とか体育館とか案内するから!」
「ありがとう、宇野原……えっと……」
「うん!?」
ちょっと迷った式は思い切って尋ねてみた。
「隹先生って、どういう先生なんだろう?」
「怖いよ!!」
迷いなく即答されて苦笑してしまった。
「一年も二年も担任だったけど、うん、怖かった!! でもかっこいいよね!! Ωにも美術教えてるし!!」
「え……? そうなのか? αの先生はΩのいるクラスの担当から外されてるんじゃ……」
担任の隹はまだ職員室から戻っておらず、程々に賑やかな教室の片隅で式は怪訝そうに首を傾げた。
「うん、基本はそうだよ。美術科って隹センセイ以外は非常勤で、美術部の顧問は隹センセイが当然やってる。で、放課後、希望者のΩを指導してあげてるんだって。本来、Ωは部活動禁止なんだけど……うん。隹センセイ独自の活動っていうのかなー」
ありとあらゆる場で制限を課せられるΩ。
年齢を重ねるにつれて不遇な扱いを目の当たりにする回数が増え、止む無くβを装う式は内心遣りきれなくなることが多々あった。
(でも、隹先生は)
αなのに、美術に関心があるΩの生徒のために行動を起こしているんだ……。
「……隹先生の目って、ちょっと青みがかってる……?」
遠慮がちに式が尋ねれば宇野原は何でもないことのように溌剌とした笑顔で回答した。
「おじーちゃんがロシア人らしいよ!」
そのとき、教室に隹が戻ってきた。
不意討ちのタイミングで担任と目が合って狼狽した式はすぐに顔を伏せた。
「五秒以内に席に着け、無駄に多いプリント配るぞ」
(聞かれたかもしれない……)
詮索していることに気づかれたかもしれないと、式の胸は過剰にささくれ立った。
……ううん、別に大したことじゃない……。
転校してきて、担任の目の色が青かったから気になってクラスメートに聞いてみた、ただそれだけの話だ……。
「宇野原、配るのを手伝え」
「え~、なんでおれだけ……」
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