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ショコラな本能-6
指先にふわりと滲んだ赤。
小さな血の玉が見る間にできあがる。
ラックに準備していた微量用採血管に数滴落とし込むと、まずはアルコール面で傷口を消毒し、指に巻きつけていた圧迫用テープを剥がして絆創膏をはった。
採血管のキャップをしっかり締めて専用の小袋に入れる。
日々の基礎体温などを記した調査票や他の採取物と共に緩衝剤つきの返信用封筒に入れ込み、勉強デスクの上で封をした。
「完成」
昔は穿刺針 で自分の指を刺すのが怖くて躊躇していたが、今ではもうすっかり手慣れたものだった。
研究機関から送られてくる検査キットを用いて月に一度、式はこうして自分で検体を採取している。
半年に一度は直接出向いて定期健診を受けなければならない。
これまで新幹線で片道二時間半かかっていた交通費は全額支給されており、隣県へ引っ越した今現在でもその条件は変更なしとのことだった。
新学期の始業式が行われた転校初日を終え、学校から徒歩で帰宅して数時間が経過していた。
制服姿のままでいる式以外、築浅物件なる中古マンション上階の角部屋に人の姿はない。
母親は買い物に出かけており、夜は父親と待ち合わせ、家族三人で外食する予定だった。
「制服のままでいいか」
βの両親はコクーン・オメガの式にとても優しかった。
自分たちとは異なる第二の性を持つ我が子を極端に特別視することもせず、見守り、まだ詳しく解明されていない未知なる領域に属するコクーンについて家族総出で学んできた。
(お父さんにもお母さんにも、これ以上、余計な心配や負担はかけさせたくない)
だから。
式はあのことを優しい両親に伝えられずにいた。
約束の時間が迫り、制服姿の式は携帯電話と大きめの封筒を手にして部屋を出た。
エレベーターを待つ間、家族と落ち合うレストランを検索し、情報がヒットせずに首を傾げる。
(そういえば先月にできたばかりのお店だとか言ってた)
お母さん、どうやって探したんだろう、もしかして街を回ってるときに偶然見つけたのかな。
エレベーターに乗り込んで一階まで下りた式はまた携帯を覗き込んだ。
次はSNSを頼りに検索してみようと、下を向いたままエントランスホールを横切り、緑豊かな植え込みが両脇に広がるアプローチへーー
「あ」
携帯操作に意識を傾けていた式は歩道に出たところで通行人にぶつかった。
小脇に挟んでいた封筒を落としてしまう。
拾う前に謝ろうとしたら厳しい一声が飛んできた。
「歩きスマホするな」
式はぐっと言葉を詰まらせた。
「新しい街で迷子になっても知らないぞ」
耳を疑い、顔を上げてみれば。
講堂で目にしたときと同じ笑みを浮かべた担任の隹が目の前に立っていた。
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