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ショコラな本能-7

「落とし物にも気をつけろよ」 隹はそう言って落ちていた封筒を片手で拾い、式に手渡した。 夕闇が地上を浸食していく時間帯。 市街地から近い表通りは通行人の行き来が絶えず、今は帰宅途中の人々が多くいる中、式は眼鏡をかけていない隹に問いかけた。 「隹先生……どうしてこんなところにいるんですか?」 「俺もお前と同じマンションに住んでる」 (え……?) 「最初にお前の住所を確認したとき驚いたよ」 「そうなんですか……」 「親には内緒にしておけ」 「え?」 「何かと押しかけられたら面倒くさい。もちろん周りの生徒にも口外するな」 自分の両親はそんなことしない、式は言い返そうとして、はたと口を閉ざした。 隹には連れがいた。 見るからにαとわかる女性が彼の背後に立っていた。 「どうもこんばんは」 容姿端麗という言葉が恐ろしいほど当てはまる彼女に挨拶されて式はぎこちなく礼をした。 「このひとの生徒さんよね? 彼のこと、教室でよろしくね」 「俺の保護者ぶるな、繭名(まゆな)」 知的で深みのあるベルガモットの香りを纏う彼女は悠然と微笑する。 「彼、君にわざとぶつかりにいったのよ、意地悪でしょう」 「身をもって歩きスマホの危険性を教えてやっただけだ。何か緊急の調べものでもあるのか」 フォーマルスーツにブラックレザーのブリーフケースを携えた隹は、強張っている式のスマホを無遠慮に覗き込んだ。 「み、見ないでください」 「イタリア語のお勉強中か」 検索していたレストラン名を隹が口にすれば、繭名と呼ばれた彼女は「そこ、友人がプレオープンに招待されていたわ」と言い、オフホワイトのショルダーバッグから携帯を取り出した。 「そこで家族と待ち合わせしていて……でも、調べても地図が出てこなくて」 「ふぅん。案内してやろうか」 驚いた式は首を左右にブンブン振った。 「このお店の隣にあるの」 繭名に教えてもらった飲食店の地図情報を携帯に表示し、式は、洗練された身のこなしやセンスで自然と周囲の目を引く二人を見上げた。 「ありがとうございます……」 「ちゃんと一人で行けるか」 「小学生じゃないのよ、隹」 「こっちに引っ越してきたばかりなんだよ、この生徒クンは」 「あの、もう大丈夫です、失礼します、さよなら」 式はぺこりと頭を下げ、それからもう視線を合わせずに二人の元から歩き出した。 「さようなら」 「迷子になるなよ」 (やっぱり、隹先生って、デリカシーがない) どうして眼鏡を外していたんだろう。 まさか同じマンションに住んでるなんて。 わざとぶつかってくるなんて、ひどい。 暗くて目の青さはよくわからなかった……。 (……あの女の人は隹先生の恋人……?) 式は振り向いた。 数人の通行人の向こう側、並んで歩く二人の後ろ姿を視界に捉えると、大人びた切れ長な双眸を静かに波打たせた。 腕を組むわけでもなく僅かな距離をおいた同じ歩調の二人は、式が越してきたばかりのマンションへ入っていった。 (……嫌だ……) 胸に抱いた封筒がぐしゃりと歪む。 込み上げてくる負の感情に喉を塞がれて、息苦しそうに咳をして、式はその場から足早に去った。 それから。 式は自身の視界から隹を締め出すようにした。 学校生活において、可能な限り、担任と接触を持たないようにした。 (こんな世界、汚い、嫌いだ)

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