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ショコラな本能-8
よくもまぁこうも嫌われたものだと隹は思う。
「はいっ、式の分のプリントです!」
「宇野原、お前はアイツの小間使いか」
「え? 隹先生の小間使いじゃなくて!?」
「……」
「いたたッ、ごめんなさい! ほっぺた抓らないでください!」
露骨なまでに避けられている。
思い当たる節は……まぁいくつかある。
まともな会話を交わしたのは始業式のみ、それからは視線もろくに合わずにパターン化された最低限の返事を機械的に繰り返されるだけ。
悪癖である揶揄めいた言動が繊細な性格には相容れられなかったか。
それとも。
(一般のΩよりコクーンは多感なんだろうか)
転校初日の放課後、恋人未満友人以上の繭名と一緒にいるところを見られて、幻滅でもされたか。
(所詮α同士、お互いその場しのぎの解消係で恋愛感情はナシ、ある意味クリーンなんだがな)
隹は式の好きなようにさせた。
担任だからとコミュニケーションを無理強いすることもなく、信頼を勝ち取ろうともしなかった。
悪く言えば放置した、だった。
悪化してしまった自分との関係を抜かせば、式はβ性のクラスメートや他の教師とはうまくやっており、これといって顕著な問題はない学校生活を送っているように見えた。
α性の生徒はα同士でつるんでいるし、誰もコクーンである式の正体には気づいていない。
自分との軋轢は致し方ない。
相性上における向き不向き程度の話だろう。
(俺への反発以外では生活態度でも成績面でも優秀な生徒だ)
その場しのぎの信頼関係を強制して、確立されていたペースを崩すのも憚られる。
来年度の高等部からは式の担任から外してもらおう。
αの俺よりβの教師に担当してもらった方が安定した関係を築けるかもしれない。
(前の担任はαかβか、どちらだったんだろう……な)
「三者面談の日程調整に関するプリントを今から配る」
朝のホームルーム、隹は窓際に着席する式に目をやった。
机に頬杖を突いた生徒は眩い日の光が満ちる外へ頑なに視線を縫いつけていた。
細く開かれた窓から訪れる風に僅かに靡く髪。
相も変わらず物憂げな光を宿す目の端にかかる。
仄かに色づく唇はキュッときつく結ばれていた。
(俺との問題を除いて、コクーンにとって幸多き日常が流れているのなら、それでいい)
そして。
コクーンであることを伏せた式が転校してきて大きな波風も立たずに日々は流れ、三学期に突入し、学年末テストを控えたところで。
凪いでいた水面に不測の一滴が落ちて不穏な波紋が生じた。
「式の前の担任って自殺したらしいよ」
教室に妙な噂が立った。
「しかも学校で」
「その先生、αだったって」
「αが自殺って珍しいよな」
「一年前らしいよ」
「式が転校してくる前?」
「式が転校してきたのと何か関係あるのかな?」
たった一日で瞬く間に増殖していったゴシップ。
クラスメートの好奇の眼差しが式に集中するのが目に見えてわかった。
式は何も言わなかった。
否定も肯定もせず、ただじっと沈黙を守っていた。
(そんな話、聞いていない)
耳聡い隹はその日の内に校長に確認をとった。
以前に式が通っていた隣県にある中学校にも連絡を入れ、直に情報を仕入れた。
翌日、朝のホームルームで腫れものにも等しいゴシップに担任自ら触れた。
「式の以前の担任の先生について昨日から或る噂が出回っている。誰が最初に言い始めたのか、情報源はどこからなのか、誰か言えるか」
β性の生徒は顔を見合わせ、α性は素知らぬ顔、式は顔を伏せていた。
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