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第2話
この前の体育祭の徒競走で、僕はスタート直後に思いっきり転んでしまった。
両膝をすりむいて体操服の前面を泥だらけにした情けない格好で、半泣きになりながらビリでゴールしたあの日のことを、僕が忘れられるはずがない。
なんとかゴールした僕をクラスメイトが出迎えて慰めてくれて、それで仲良くなったやつもいるので、必ずしも悪い思い出というわけではないのだが、それでも恥ずかしい思い出であることには変わりがない。
「俺は生徒会長には、成績がいい者やリーダーシップがある者よりも、親近感をもてるような者や助けてやりたい協力してやりたいと思わせる者の方がふさわしいと思っている。
だから君は、俺にとっては会長として理想的な人物なんだ」
……それって全く褒めてないよね?
しかし褒められてはいないことはわかっていても、そういうふうに人に認められた経験がない僕は、なんとなくうれしくなってしまう。
「いいじゃん、せっかくだから生徒会長やってみろよ。
俺も平井みたいなやつが生徒会長やってる学校って楽しくていいと思うよ」
「そ、そうかな……」
原田が笑いながらもそう言ったこともあって、僕はちょっとその気になりかけていたのだが、なぜか目の前の吉泉さんが怖い顔になったのを見て、急に頭が冷えて冷静になってしまった。
「あの……やっぱり僕、できません。
生徒会って色々時間取られますよね?
確かに僕、部活やってないので時間はありますけど、中間テストがものすごく悪かったので勉強しなきゃいけないから……」
「そんなに悪かったのか?
どれ……」
そう言うと吉泉さんは机の上に置きっぱなしだったテストの結果表をさっと取り上げた。
「あっ! 返してください!」
友達の原田に見られるのはかまわないが、今日初めてしゃべった人にあの恥ずかしい成績を見られるのは勘弁して欲しい。
僕は慌てて立ち上がって吉泉さんの手から結果表を取り戻そうとしたが、僕よりもかなり背の高い吉泉さんが結果表を持った手を上に伸ばしてしまったので、どうやっても届かなかった。
「なるほど、これは確かに勉強しないとまずいな。
……そうだな。
もし君が生徒会長を引き受けてくれるのなら、俺がつきっきりで勉強を教えてやるがどうだ?
自分でいうのも何だが、下手な塾や家庭教師よりも教えるのはずっと上手いと思うぞ。
ちなみに、俺のテスト結果はこれだ」
そう言って吉泉さんが見せてくれたテスト結果は、90点代と100点がずらりと並ぶ見事なものだった。
「勉強は俺が教えてやるし、それに生徒会長をやれば内申点が稼げるぞ。
いくら歴史と国語の成績がよくても、他がその成績では大学受験の時に内申点で落とされかねないから、生徒会活動でもやって、ちょっとでも内申点稼いでおいた方がいい」
「た、確かに……」
「まあ、とにかく今は再試をなんとかすることが先決だな。
とりあえず再試までは、毎日放課後に勉強を教えてやる。
生徒会長の件は、再試が終わったらまた改めて考えてくれればいいから」
「えっ、いいんですか?」
「ああ。
その代わりに俺の方も、君が生徒会長を引き受けてくれるように、それなりのアピールはさせてもらうけどな。
よかったら今日からでも教えられるがどうだ?」
「ぜひお願いします!」
生徒会長のことはとりあえず置いておいていいなら、あんなに成績のいい人に勉強を教えてもらえるのは非常にありがたい。
さっきまでは原田に数学だけでも教えてもらうつもりだったが、原田も部活が忙しいはずなので、この際遠慮なく吉泉さんに教えてもらおう。
そう考えた僕が元気よく返事をすると、吉泉さんは今日初めての笑顔を見せた。
わ、武士の笑顔って破壊力あるな。
さっきまで厳しい顔付きだった人が笑ったせいで印象ががらりと変わったというのもあるのだが、それ以上に整った顔立ちをしている吉泉さんの笑顔は魅力的で、同性だというのに僕は思わず見とれてしまった。
「よし、じゃあ生徒会室に行こうか」
「あ、はい。
すぐ支度します」
そうして僕は大急ぎで帰る準備をすると、原田に声をかけた。
「じゃあ原田、また明日な」
「おう、勉強がんばれよ」
「うん」
原田に別れの挨拶をして再び吉泉さんの方を見ると、残念ながら吉泉さんの顔付きはまたさっきの厳しいものに戻っていた。
どうやら吉泉さんは怒っているわけではなく、この顔がデフォルトの状態らしい。
「行くぞ」
さっさと歩き出した吉泉さんに「はい」と答えて、僕は慌てて彼の後を追った。
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