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第3話

吉泉さんに連れて来られた生徒会室は、生徒会役員が使うだけにしてはかなり広い部屋だった。 役員各自の机の他に冷蔵庫や水道、ソファーセットまであって、かなり居心地がよさそうだ。 奥にもドアがあるので、この部屋の他にも倉庫か何かあるらしい。 「あ、平井くん、会長引き受けてくれたの?」 僕たちが部屋に入るなり声をかけてきたのは、現在の会長だった。 隣に立っているがっちりとした体格の人は確か副会長だったはずだから、この人が今の会長を選んだということだろう。 会長はモデルみたいに手足が長くて顔も美形で、華があるとでもいうのか、立っているだけで人目を引くタイプだ。 どうせなら吉泉さんも僕みたいなちんちくりんじゃなくて、こういう人を会長に選んだらいいのにと思う。 「いえ、残念ながらまだ口説いている最中です」 「あ、そうなの?  吉泉にしては随分のんびりしてるね」 いや、のんびりって、まだほんの10分前に声かけられたばかりだし。 そんなことを考えながら、とりあえず僕は部屋にいた二人に挨拶する。 「あの、部外者なのにおじゃましてすみません。  僕、生徒会長受けるかどうか決めたわけじゃないんですけど、とりあえず吉泉さんに勉強教えてもらうことになったので、ここに連れてきてもらって」 「ああ、いいよ、気にしなくて。  別にここは役員以外出入り禁止ってわけでもないから、他のやつらも友達連れてきてコーヒー飲んでいったりするしね。  それよりも平井くん、生徒会長やるの迷ってるの?」 「あ、はい。  っていうか今さっき言われたばかりで、何がなんだかわかってなくて」 「ああ、そうなんだ。  まあ詳しくは吉泉が説明するだろうけど、生徒会長って言ってもそんなに責任重くないし、色々と楽しいこともあるから、君もやるといいよ。  生徒会長やってると、副会長が奴隷になってくれるしね」 「えっ、奴隷?」 綺麗な顔でさらりと恐ろしいことを告げた会長に思わず僕がぎょっとしていると、隣の副会長が会長の頭をぺちりと軽く叩いた。 「そんな会長はお前くらいだ。  平井、こいつの言うことは気にするなよ。  俺たちはそろそろ帰るから、ゆっくりしていってくれ。  それと吉泉、いちおう鍵を渡しておくから」 「ありがとうございます」 そう言って副会長は吉泉さんに鍵を渡すと、まだ僕と話したそうにしている会長を引っ張って部屋を出て行った。 「……なんか会長さんってすごい人ですね」 「まあな。  ああいう人の下にいると、次の会長は普通のやつがいいって考えたくなる俺の気持ちもわかるだろ?」 「い、いえ、それはよくわかりませんけど……」 「そっか。ま、それはおいおいな。  さて、俺はコーヒー入れるから、君は今日返ってきたテストと教科書を出しておけ。  そこが俺の机だから」 「あ、はい。すいません」 僕が吉泉さんの席に座って準備をしている間に、吉泉さんはコーヒーを入れてきてくれた。 「お待たせ。  ああそうだ、これも食うか?」 「あっ、それ、CMやってた新発売のチョコ!  食べてみたいと思ってたんです!」 吉泉さんがカバンから出してきたのは、ちょうど僕が今日の帰りにでもコンビニで探そうと思っていた新発売のチョコだった。 「それはよかった。  君はこういう甘いのが好きそうだと思って、朝買っておいたんだ。  俺は甘いものはそんなに好きじゃないから、全部食べていいぞ」 「わ、ありがとうございます!」 吉泉さん、顔は怖いけどいい人だな。 いや、別に食べ物に釣られたとかじゃなく、自分は好きじゃないのに、わざわざ僕のためにお菓子を買っておいてくれるあたりがね? ……っていうか、あれ? 吉泉さん、今は顔怖くない? 隣の席に座ってコーヒーを飲みながら僕の答案をチェックしている吉泉さんの表情は、教室に僕を訪ねてきた時よりもずっと穏やかで優しいものになっている。 自分のテリトリー内だと、吉泉さん、こんな優しい顔するんだ。 もし僕が生徒会長引き受けたら、こんな顔が毎日見られるのかな。 一瞬そんなことを考えてしまい、僕は慌ててぶんぶんと首を振った。 本物の武士ならまだしも、武士っぽい男子高校生の顔を毎日見たいがために生徒会長を引き受けるとかありえない。 「どうかしたか?」 「いえ! 何でもありません!」 一人で首を振っている僕を見て不思議そうに首をかしげた吉泉さんに、僕は反射的に力一杯答える。 「そうか? まあいい。  とりあえず、暗記科目は再試直前にやった方がいいから、今日は数学をやろうか」 「あ、はい」 「数学の再試は、テストとほとんど同じ問題が出ると聞いているから、テストで間違ったところをきちんと復習しておけば合格できるはずだ。  君は社会と国語はあれだけの点が取れるんだから、頭が悪いわけじゃないはずだ。  数学も計算は間違っていないから、解き方さえ頭に入れば、すぐに点が取れるようになれるから安心しろ」 「はい、がんばります」 僕がそう言うと、吉泉さんはまたあの破壊力がある笑顔を見せて僕の頭を軽く撫でた。 「よし、やる気があっていいぞ。  それではまず、この問題だが……」 そうして吉泉さんは中間テストで僕が間違ったところを順番に教えてくれたのだが、自分でいうだけあってその教え方は本当にわかりやすかった。 僕が授業でわからないまま曖昧にしてたところを見つけて、それをかみ砕いて説明してくれたおかげで、僕はテストでは間違っていた問題を自力で解けるようになった。

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