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金曜日の夜、まひるより先にホームに降り立った浅海は扉近くに立っていた年下の彼に手を振って電車を見送り、帰宅した。 一人住まいの1LDK。 明かりを点けてネクタイを外し、手洗い・うがいもせずにドラッグストアのレジ袋をどさりと下ろしてソファへぼすんと腰かける。 「何やってるんだ、俺」 週末の夜に十歳も年下の高二男子と飯食って、日用品の買い物に付き合ってもらって、コーヒー飲んで。 「それがなかなか楽しいなんてどうかしてるだろ」 カチャ、眼鏡を持ち上げて目元を押さえた浅海は背もたれに深く身を預けた。 『この冷製パスタ、オレのすごく好きな味です』 頼むモノが女子めいてるっていうか、まひる君。 『このシャンプー使ってるんですか? オレも同じのです……』 そういうこと、嬉しそうに言うの、何か健気というか。 『どうしようかな、いつものフラペチーノにしようかな、期間限定のやつにしようかな』 うん、普通にカワイイ。 「……いやいや、男をカワイイって……どうかしてるだろ」 目を閉じれば今日のまひるが脳裏に次から次に蘇り、浅海は「うーん」と唸って天井を見つめた。 絶対これって恋愛感情入ってるよな。 男を好きになったコトはないんだけど。 相手がまひる君なら全然平気というか、むしろまひる君がイイというか、そもそもまひる君じゃないと駄目なような。 「いやいやいやいや」 こんなのまひる君に対する裏切り、だ。 『小さい頃からイタズラされやすいっていうか……誘拐されかけたこともあって』 『それって結構大事になったんじゃない?』 『いえ……あの、その……』 『もしかして誰にも言わなかったの?』 そう。 男なのにそういうことをされる自分に嫌気が差して、成長するにつれてコンプレックスが増し、まひる君はイタズラされても友達どころか家族にさえ打ち明けなかったらしい。 小学校高学年の頃、見知らぬ男に強引に車に乗せられかけたときは必死で抵抗して難を逃れ、怖くて溢れた涙を拭い、何もなかったように家に帰って。 高校に上がって電車通学になってから頻繁に遭う痴漢行為にはぐっと耐え忍んで。 ずっと一人で我慢してきたまひる君。 慣れることなんてなかった。 ずっと恐怖や不安と一人で戦ってきた。 『だから、あの日、浅海さんに助けられたとき……すごく嬉しかった』 俺はそんなまひる君に寄り添ってあげたい。 あまり遅くならないよう気をつけて夜ごはんとか、休日にはランチに誘ったりして。 向こうは冬休みだし一緒に映画も行ってみたい。 キスとかしてみた……。 「違う違う、キスは絶対駄目なやつ」 最近独り言が多い浅海、やっと手洗い・うがいを済ませてシャワーを浴び、ハミガキしながらスマホをチェックした。 <ごちそうさまでした、楽しかったです> 食事後には必ずお礼メールが届く。 絵文字も特にない簡潔な文章が却って脳に心地よくて、浅海は毎回何度も視線でなぞる。 来週、冬イベントなる花火大会がある。 誘ってみるか? さすがにヒかれるだろうか。 でも行きたい。 まひる君と冬の花火を見たい。 「つーか、コレ、完全……」 その先が言えずに歯磨き粉の泡が垂れるのもそのままに途方に暮れる浅海なのだった。

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