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『……オレも、浅海さんといっしょ、もう一回シャワー……だめですか?』 冬休み、花火を見に行った夜から二ヶ月余りが過ぎていた。 『ウチの風呂はやっぱり狭いし、二人で入るのには向いてないかな』 とてもじゃないが理性を死守できないと踏んだ浅海はさり気なくお断りし、その夜は別々に寝て男の本能とやらを懸命にセーブして。 現在に至る。 えっちなことは花火を見た夜のみ、それからは食事をしたり日用品の買い物に付き合ってもらったりと、今まで通り健全な関係を続けていた。 冬花火の夜以降、キス一つだってしていない。 「もちもちぷにぷにしたソース、今までになくって新鮮です」 キス一つでもしたら、きっと、止められなくなる。 歯止めが利かなくなって、それ以上のことを求めて、何も考えられなくなって。 まひる君を傷つけてしまうかもしれない。 彼の心と体を好き勝手に虐げてきた他の男どもと同等になるなんて絶対に嫌だ。 過去に背負わされた傷が完治するよう寄り添って、不安や恐怖を一つ一つ取り除いて。 まひる君が伸び伸びと深呼吸できるようにしてあげたい。 毎日がちょっとでも、そう、この甘いドリンクみたいな桜色に染まるようお手伝いしたい。 俺の邪な思いは邪魔なだけだ。 そもそも、こんなにも華奢なまひる君だ……絶対に耐えられない、下手したら壊れかねない。 ……まぁ、別に、そこまで大した代物ってワケでもないけど。 ……極々普通のサイズですけど。 ああもう、まひる君に対してこんな下心抱くなんて失礼過ぎるだろ!! 「……まひる君?」 取り留めのない自分自身の気持ちに雁字搦めになってしばし呆けていた浅海は、ほぼ満席の店内をきょろきょろ見回しているまひるに首を傾げた。 「知り合いでもいた?」 ドリンクを飲み終え、膝に置いたトートバッグの取っ手をぎゅっと握りしめていたまひるは浅海の問いかけにぎこちない反応を返す。 「えっと、ううん、いません」 「この後どうしようか、まひる君、何か見たいものある?」 「あ……特には……えっと……」 眼鏡を外した浅海は伏し目がちにレンズを拭いていた。 黒目がちな双眸は年上リーマンの下向きな睫毛に釘づけになった。 眼鏡をかけ直した浅海が顔を上げればすぐに視線は解かれたが。 「混んできたね、そろそろ出ようか」 「……おうち」 「うん?」 「浅海さんのおうち、また、行きたいです」 ウチ、か。 二人っきりになると、うっかり過ちに至りそうで、浅海は週末の予定選択肢から徹底して自宅を外していた。 「今ちらかってるから」 「……行きたいです」 まひるに上目遣いに見つめられて浅海の決心は大いに揺らいだ。 いや、一瞬にして木端微塵に砕け散った。 「わかった、じゃあ、どうぞ」 実家で家族と暮らしている高校生のまひる君にとって一人住まいのマンションはきっと新鮮なんだろう。 純粋な好奇心に促されてのおねだり、だ。 暗くなる前に帰してあげればいい。 夜になると、ちょっと、理性が危うくなるかもしれないから……な。 ところがどっこい。 「まひる君、そろそろ暗くなるから帰った方が」 「……オレ、小学生のこどもじゃないです、浅海さん」 泊まっていったら、だめ……ですか?

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