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更けていく夜。 いつにもまして長く重たく感じるのは、かけがえのない彼がドアを隔てた向こうにいるからか。 葛藤する夜。 これは一睡もできそうにない……な。 まひる君は寝ただろうか。 そんなことを思っていた矢先に。 羽毛布団に包まっていた浅海は薄闇の中で微かな物音を耳にした。 キィ………… 寝室のドアがそっと、そっと開かれる音。 否応なしに始まる心臓バクバク。 開閉音の後に続いた小さな足音に、紛れもない彼の気配に。 一気に喉が渇く。 「浅海さん……」 冷えた薄闇を伝って鼓膜に届いた呼び声。 緊張で上擦った頼りない響き。 壁側を向いて横になっていた浅海はさらなる驚きに突き落とされる。 あろうことかベッドに潜り込んできた気配。 羽毛布団の内側に彼の体温が追加されて病みつきになりそうな温もりが増す。 これはいくらなんでもスルーできない。 「どうしたの、まひる君……やっぱり寒かった?」 浅海の真後ろで縮こまっていたまひるは震える唇を一生懸命動かそうとした。 声が出ない。 居ても立ってもいられなくなって大胆アクションに至ったはいいものの、今世紀最大の勇気を使い果たし、次の行動に踏み切ることができない。 「まひる君……?」 壁側を向いたままじっとしている浅海に再び呼びかけられて、優しい声色に一段と胸を高鳴らせて、まひるは……言う。 「……チョコレート……」 浅海が振り返れば焦げ茶のリボンが巻かれた小さな箱を大事そうに胸に抱いているまひるの姿があった。 「バレンタインデー……平日で会えなかったから……今日渡そうと思ったんです」 客足が途切れたのを見計らって洋菓子店で思い切って買ったチョコレート。 購入にも勇気が要ったというのに渡すことにもそれ以上の緊張感が伴った。 人目がある場所で渡すのを躊躇し、だが二人きりになればなったで心拍数が加速してタイミングが掴めずに、あれよあれよと言う間に夜になって。 こんな深夜にベッドの中で渡す羽目に。 「……ごめんなさい」 「どうして謝るの?」 緊張感で全身カチコチになっていたまひるはおずおずと視線を上げた。 シックな包装とリボン越しに眼鏡をかけていない浅海の緩やかな笑みが見えて、ぺちゃんこな胸を猛烈に高鳴らせた。 「だって、こんな夜遅くに……オレ、ばかみたいじゃ……」 「バカじゃないよ。チョコレートもらうのに時間なんて関係ない。朝だろうと真夜中だろうと、いつだって嬉しいよ?」 浅海はおもむろに体の向きを変えて未だ縮こまっているまひると羽毛布団の中で向かい合った。 「ありがとう、まひる君」 「……浅海さん……どうぞ」 ベッドでお互い横になったまま行われたチョコレートの贈呈。 「こんなバレンタインデー、日にちは違うけど。生まれて初めてだよ。ワクワクしてる」 部屋に満ちた静寂に浅海の微かな笑い声が滲んだ。 リボンを解いて丁寧に包装を開く。 デザインが凝った箱の蓋を開けばトリュフが四つ。 「おいしそう。せっかくだし食べようかな」 「……ハミガキした後なのに、ごめんなさい」 「今日の夜だけ特別」 まひる君が食べさせて?

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