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3-1 最終章

午前出勤だった土曜日、伊月とランチを食べに行く約束をしていた葉一は急いで待ち合わせ場所に向かった。 終業間際、電話対応に追われて退社するのが遅くなってしまった。 総合病院企画運営課所属の二十六歳フツメン職員は一先ず待ち合わせ相手にメールで遅刻を報告し、週末で混み合う電車に飛び乗った。 駅を抜けると人波を練って表通りを早足で進み、街角に建つブックカフェへ。 すでに受け取っていた返信で確認し、彼がいると思われるフロア奥を目指した。 あ、いた、伊月くん。 一人掛けのソファで寛ぐ伊月を発見し、慌てて駆け寄ろうとした葉一の足が不意に止まった。 キャメル色のピーコートはざっと折り畳んで膝上に、インナーには白シャツにシンプルニット、細身のスキニーデニムにツイードのスニーカー。 サイドテーブルにホットコーヒーを置いて、足を組み、黙々と本を読んでいる姿に棚越しに葉一は釘づけになった。 紛れもないイケメンがいる。 数人の客の目まで引いている、瑞々しい透明感が半端ない、一人だけ属する世界が違うようなイケメンがおれのこと待ってる。 「信じられない……」 伊月に告白されて数ヶ月が経過しても尚、美形パワーに平伏して心臓を甘噛みされ続けている葉一が改めて年下彼氏に棚越しに惚れ惚れしていたら。 一人の客が伊月に声をかけた。 知り合いのようだ。 肩に手を置き、何やら親しげに話しかけている。 伊月と似たようなサラサラな髪質、派手過ぎない茶色のミディアムボブ。 大人っぽい黒ニットワンピにスッキリしたシルエットのハイヒールパンプス。 流行メークを難なく共存させた美人フェイス。 正に絵になる二人に近づくことすらできずに葉一が棚にへばりついていたら。 「すみません、そこの本取りたいんですけど」 「あっ! す、すみません!」 「……葉一くん?」 しまった、ばれた!! いや、ばれたも何も、待ち合わせしてたし、別にきょどる必要ないんだけど。 「え、えっと、ど、どうも、お、遅れてすみません」 「なんでそんなきょどってるの」 「……」

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