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小説にもファッション雑誌にも興味が湧かずに絵本を読んでいた伊月は立ち上がった。 「え。伊月。この人と今からごはんなの?」 不要にヘコヘコしながらやってきた葉一に、伊月に話しかけていた彼女は目を見張らせた。 ふ。そりゃーそーだろーな。 イケメン高校生がこんな安スーツ着た地味ヤローと今からランチなんて誰だって信じ難いだろう。 不要に自虐的になる葉一を前に伊月は彼女に平然と言う。 「うん。じゃあね」 「ちょっと待って。だって。おにぎりの人と会うって」 おにぎりの人……? 「つまり、それって」 「つまり、だから、だけど」 なになに、おにぎりの人も気になるし、そんな接続詞ばっかり並べ立てられると内容がちっとも理解できなくて不安を煽られるんですけど。 「おれの恋人だけど」 葉一は再びかたまった。 彼女も彼女で驚いているし、聞き耳を立てていた周囲の客の何人かは飲み物を噴き出した。 「おにぎりの人って男だったの?」 一人、相変わらず平然としている伊月はかたまっていた葉一の隣へすっと歩み寄った。 「おれの恋人の葉一くん」 「はぁ。葉一くん」 「葉一くん。この人、おれの姉」 「あ、どうもはじめま……」 姉。 伊月くんのご家族。 「ああああ、あの、この度は誠に、お忙しい中ご足労おかけしてっ」 「行こう、おなかへった」 「えええええ、あの、すみません、では失礼します……っ」 呆気にとられている姉をその場に残し、数人の客が興味津々に注目する中、ここ最近において最もきょどっている葉一の腕を引いて伊月はブックカフェを後にした。 「失礼なことしちゃったな」 「おれ、気にしてないよ。遅刻してきたこと」 「違うよ、伊月くん、お姉さんのことだよ」 アーケードの一角に昔からある定食処で葉一と伊月はカレーうどんを食べていた。 「ここのカレーうどん。天カス入ってるね。半熟玉子も。おいしい」 向かい側で淡々とカレーうどんを食す伊月に葉一は苦笑した。 あんなかたちで伊月くんの家族と顔を合わせるなんて思ってもみなかった。 もっとちゃんとしたご挨拶、したかったなぁ。 ていうか……なかなかなショックだよな……弟が男と付き合ってるなんて。 「……今更ながらすごく気になってきた、ねぇ伊月くん、お姉さんまだこの辺りにいないかな?」 「いると思う。友達と遊んでる」 「ちょっと……呼んでくれないかな? 改めて挨拶したいっていうか」 「どうして」 おつゆも飛ばさずに綺麗に器用にカレーうどんを食べていた伊月は、珍しく、眉間に縦皺を寄せた。 「やだ」 不機嫌そうに断られて動揺している、ワイシャツを点々と汚している葉一を真正面から睨んだ。 えぇぇえ……。 おれ、そこまで不愉快にさせるようなこと言ったかな……。 「せっかく二人でごはん食べてるのに。呼びたくない。おれと葉一くんの、二人の時間だから」 あ。 やばい。 伊月くんにデレられて、おれ、やばい。 「えーーーーーと。じゃあ、また次の機会に……うん、近い内に。会わせてくれる?」 「やだ」 「えぇぇぇえ」 「なんで。もしかして。気に入ったとか」 「違う違う違う違う、違うから、ていうかお姉さんだけじゃなくて伊月くんのご家族に、親御さんも含めてさ」 ミスコン一位という輝かしい経歴持つ大学生の姉のことを葉一が気に入ったと勘違いした伊月は、まだしかめっ面でいる。 不慣れな眼差しを浴びて縮こまる反面、葉一は、乙女さながらに胸をときめかせた。 不機嫌な伊月くんってなんかちょっと……イケメン度が増すっていうか……セクシーかも……かもしれない。

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