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雛木君がハマった、黒くて細長いアレ ~レクチャー編~

――現代日本において、こういう物で打たれるのは馬と人間のどっちが多いんだろう。 雛木はそんなことを考えながら、ベッドの上で正座し、工藤が差し出した黒くて細長い物体を、恐る恐る受け取った。 工藤と初めてホテルに行って以来、縄や玩具は使われた――使ってもらった、と言うべきか。何しろ、自分でSMプレイを経験したいと、お願い…したのだから…――が、他人に痛みを与える類の道具を持ち出されたのは今夜が初めてだった。 「一口にSM趣味といっても本当はジャンルが細分化されるのですが、一般的なイメージではこれは避けては通れないでしょうね。いわゆる乗馬鞭という物です。長短ある内の、短鞭に分類されます。もちろん、馬の調教用ではなく、SMプレイ用にアレンジされた物ですが」 工藤はボストンバッグから取り出した鞭を、パンッパンッと音を立てて自分の手に叩きつけた。 あまりにも様になるその姿への畏怖心もさることながら、初めて耳にする高い打擲(ちょうちゃく)音が、雛木の恐れに縮こまる胃と、与えられるはずの刺激を期待する腰骨を震わせた。 「今日はこれを試してみようかと思うのですが、どうですか?ここまでは求めていない?」 工藤は必ず雛木に言葉による答えを求める。この数回でよくわかった。 本当は無理矢理乱暴にされたい欲求がないではないが、実際にされたら恐ろしいし、事実として合意の上でのプレイなのだから文句はない。むしろ、工藤はとても紳士的だと思う。 だが、自分がそんなもので打たれてみたいと望んでいるのだと口にするのは、かなりの抵抗感があった。 恥ずかしいし、自分でもちょっと引く。 でも、今を逃せば、こんな機会は二度と訪れないだろう。体の相性がいいセフレを見つけるのだって難しいのに、鞭をもたせても安全で、しかも経験豊富な男になんて普通に生活していたらそうそう出会えるはずがない。 雛木は顔を赤らめながらも、 「やってみたいです……あの、できれば優しめで」 と口にしていた。 だが、工藤は相変わらず、パンッパンッと音を立てて自分の手に鞭を打ち付けている。雛木は気付き、少し惨めな気持ちになりながらも、「お願いします」と付け足した。 すると、 「いいでしょう。一度触ってごらんなさい」 と言って、鞭を手渡されたのだった。 なお、ここまでのやり取りの間、当然のように雛木は全裸だった。 六十センチ程度の長さの棒の端に、グリップと四角いシリコン製の舌のような物がそれぞれついている。テニスのラケットより遥かに軽く、細い柄は華奢な印象さえあるが、これで人が人を打つのだと思うと、淫靡なイメージは拭えない。 映画や漫画でしか見たことがなかった鞭を実際に手にすると、興奮と恐れが入り混じり、複雑に胸が高鳴った。 その一方で、シリコン製の先端は少し安っぽくて、意外さも感じた。ペラペラで柔らかく、当たっても痛そうには見えない。 だが、そんな雛木の気持ちを見透かしたように、工藤は厳しい表情をした。 「シリコン製のフラップは、革製に比べて見た目は悪いですが、出血するような怪我をしにくいという利点があります。それに、鞭は用途や好みによって材質も使い分ける物ですから、なにもこれが初心者向けで痛みがないというわけではないですよ。例えば、ビニールの縄跳びが高速で当たると十分痛いでしょう?」 ものすごくわかりやすい例えに神妙に頷いた。 ついでに、小学生の頃クラスメイトにふざけて縄跳びで縛られて少しドキドキしたな、などと余計なことまで思い出す。 これからこれで打たれるのだと思いながら工藤に鞭を返す雛木の指先は、緊張で冷えて白くなっていた。 指示されたとおり、胸の位置で両の手の平を上に向ける。 工藤は雛木の手の平の上で、シリコン製の鞭先をぽよんぽよんと弾ませた。 「シリコン製のフラップはしっかり(しな)るので、肌に対して水平に当てると、高く軽やかな音がして肌が赤くなります。一方、これは鞭全般に言えることですが、角度を正確に調節するのは難しく、素人が打つとすぐに痣になりますから注意が必要です。もちろん、水平に当てても力が強ければ痣になってしまいますが」 その言葉を証明するかのように、工藤はまるでバレーボールのアタックを打つような動きで肘から鞭を振り上げ、雛木の右の手の平をパンッと打った。 流れるような動作に一瞬見とれたが、肌を打つ小気味いい音は想像以上に大きく、手の平への衝撃も相まって、雛木は思わず「いっ」と声を出してしまう。 だが、声を出してから冷静になると、痛みというよりは肌への強い衝撃という感覚が強いのだと気づく。ハイタッチで力加減を間違ったらこんな感じになるだろうか。 打たれた場所が赤くなるのを見つめ、じーんと痺れる感覚をじっくり追う。 鞭は打たれる瞬間だけ痛いのだろうと漠然と思っていたが、むしろその後の痺れの方が時間としては長いのだと知った。 「大丈夫そうですか?」 この程度は大丈夫だとわかっているはずだが、工藤は律儀に尋ねてくれる。 もしかしたら、痛みだけでなく、他人に鞭打たれるという精神的な屈辱や恐怖を(おもんぱか)ったのかもしれない。 そんな生真面目さがおかしくて、雛木はつい冗談めかして答えた。 「今のところ大丈夫です。手がぽかぽかして、冬にこれしたらカイロ要らずかも」 少し緊張が解けた雛木に、工藤も薄く微笑んだ。 「それは良かった。全身打てば、冬でもコートがいらないくらい暖かくなりますよ」 それが工藤なりの冗談なのかはわからないが、確かに全身の血行は促進されそうだ。 「では、続けましょう。四つん這いになって、足の裏を天井に向けて下さい」 雛木は工藤に尻を向け、ベッドの上で従順に獣のポーズをとった。 パンッパンッと軽やかな音を立てて打たれているのは、雛木の足の裏だった。 痛みは思ったほど強くはない。だが、罰を与えられる理由があるわけでもないのに、ただ被虐心を満たしたくて他人に鞭打ってもらっているという事実は、あまりにも背徳的だ。 しかも全裸で、四つん這いになって。 その羞恥と興奮は雛木の感覚を鋭敏にし、打たれるたびに「あぁっ」と高い声を放っていた。 足の裏を打つと言われたときは、それの何が楽しいのかと正直思った。皮膚が厚いため内出血しづらいと、工藤はもっともなことを言う。 だが、おそらく理由はそれだけではないのだろう。今雛木は、それを身をもって理解しつつあった。 多くの人がそうであるように、雛木も足の裏を(くすぐ)られるのには弱い。飛び抜けてくすぐったがりというわけではないが、擽られれば平気な顔をしてはいられない。 そんなただでさえくすぐったい場所が、打たれることで更に敏感になっていた。雛木の足の裏は真っ赤になり、じんじんと痺れているのに、皮膚感覚だけはやたらと鋭くなっているのだ。 そこを、前触れも無く鞭先ですっとなぞられた。 「くふぅっ うんんぅぅ」 強烈なくすぐったさの中に、足裏からぞくぞくぞくっと腰へ這い上がってくるような、官能的な痺れがあった。 薄いシリコンの先端が土踏まずをすっとなぞり、踵からつま先にかけて真ん中をつつつっと撫でていく。攣りそうなほど足の裏を丸めると、そこにできた皺の一本一本を確かめるように鞭先が辿った。 そうかと思うと、再びパァン!と音を立てて打たれる。 「ああっ」 別の刺激を与えられた後の打擲は、先ほどまでより遥かに痛みが大きい。最初はそう大したことはないと思っていたのに、今はもう、打たれる度に飛び上がるほどの痛みがあった。 雛木は気付いていなかったが、工藤が打つ力は最初より随分弱くなっている。それはもちろん工藤の配慮によるものだったが、神経が過敏になっている場所は、弱い力で打たれても十分に痛んだ。 ――い、痛いぃ。もう無理かも……。 だが、雛木が音を上げそうになっているのを察したのか、工藤は再び鞭先で痛む足の裏を擽った。 そうすると先ほどよりも更にくすぐったく、 「ふううぅぅ あはっ あっ あっ」 と声が出てしまう。 足の裏を擽られているだけなのに、その声はどこかなまめかしい。雛木は四つん這いのまま、くすぐったさに全身をくねらせた。 しかし、くすぐったさに慣れる前に、再び鞭が振り下ろされる。 「ひぃっ!」 四つん這いで足の裏に打擲と擽りを交互に与えられ続け、雛木は頭がぼうっとしてしまい、気付けばみっともなくカクンカクンと腰を前後させていた。 足の裏に限らず、擽りは一種の拷問であり、快楽を与える手段でもある。 調教を施されていない雛木は、痛みを快楽に変換する回路がまだ狭く脆いため、くすぐったさを潤滑油として使おうというアプローチだった。 「あふっ ああん ふうぅん あはっ……ぅんっ」 時間が経つごとに雛木の声はくすぐったさよりも快感の色を濃くしていく。だが、快感だけではなく、くすぐったさ特有のどうしようもないもどかしさも強くなっていた。 初めは擽られる時間は短かったが、今では擽る合間に打つという具合に逆転している。そのため、擽られる時間は長く、気が狂いそうにもどかしい。 すると自然と、もう擽られるのは嫌だ、いっそ打って欲しいと考え始めるのだ。焦らされ切ったタイミングで打たれると、その痛みをやっと与えられた救済だと頭と体が勘違いし出す。 雛木はついに、パンッと打たれた瞬間にも、「ああんっ」と艶めいた声を上げるようになっていた。打擲によって一瞬でくすぐったさが弾き飛ばされる感覚は、爽快ですらあった。 だが、慣れない痛みの蓄積に、体は悲鳴を上げ始める。雛木は無意識に、打たれて喘いだ後に「やだぁ 痛いぃ やだぁ」と泣き言を漏らすようになっていた。 「なかなか素質があるようで、大変結構です。とはいえ最初から鞭打ち(ウィッピング)だけで射精するのは難しいでしょうから、こちらを手伝って差し上げましょう」 言うなり、完全に油断して無防備になっていた窄まりに、手早くローションを塗りこめた細身の異物を挿し込まれた。 「ああっ」 衝撃に、一瞬頭が真っ白になる。 いくら細身とはいえ、解されていない場所を無理に抉じ開けられれば、苦痛があるのは当然だった。 しかし、すっかり快感を覚えこまされた雛木の秘穴は、異物を吐き出そうとするのではなく、速やかに、そして従順に綻び、食い締める。 はぁはぁと息を切らしながら四つん這いのまま振り返れば、雛木の尻から鞭の柄のような細長い棒が突き出ていた。だが、先ほどまで足の裏を打っていた鞭は、ベッドの上に置かれている。 なんだろうと思っている内に、空中に頼りなく揺れる柄の端に工藤が触れた。 すると、雛木の腹の中がぶるぶるっと震えた。棒状の柄の先に、小ぶりのバイブレーターが装着されているのだ。 手持ちサイズの玩具を入れられるより、棒の先端につけられた玩具を挿し込まれる方が、より突き放されながら責められているようで被虐感が高まるのだと初めて知った。 だが、細身の玩具のかすかな振動はすぐに体に馴染んでしまい、ほんのわずかな時間で、こんな物では足りないと窄まりが物欲しげにひくついた。 「く、どうさん、これじゃ、いけない、です……」 四つん這いになった四肢に力を入れ、切なく腰を揺する。 玩具は細すぎる上、振動するのは先端だけのようで、感覚の敏感な入り口付近は少しも刺激してくれない。ヴー、ヴー、と腹の中で鈍く振動するだけで、気持ちがいい場所にはひとつも届いていなかった。 「ええ。あなたは鞭で打たれて初めていけるんです。そう思いながら、足の裏の感覚に集中してください」 どういうことかよくわからなかった。だが、いきたい一心でこくこくと頷き、言われたとおりに足の裏に意識を集中させる。 足の裏はじんじん、ざわざわとしていて、まるで無数の蟻が這っているかのようだ。 感覚を集中すればするほど、何もしていなくても痛むようになった場所を更に打たれるのかと恐怖心も高まったが、同時にこのざわざわを叩いて散らしてほしいような気持ちにもなってくる。 言われたとおり無言でしっかり集中する様子を見て取ったのか、工藤は雛木の背後で目を細めた。 パァン! 音高く足の裏が打ち据えられたのとほぼ同時に、振動する先端が雛木の感じる場所を容赦なく突いた。 「うああああっ」 思わず腕の力が抜け、顔をベッドに押し付けるように倒れ伏す。 だが工藤の手で柄付きのバイブレーターを固定されているせいで、腰を落とすことはできなかった。 打たれてびりびりする余韻が続く間ずっと、振動する先端も弱い部分に押し付けられ続ける。 ――あぁっ どうしよう……気持ちいいっ……! だが、打たれた余韻が弱まると、工藤が柄を動かして、感じる場所を外してしまった。 強い刺激を欲しがってひくつく内壁の動きが柄を伝わって工藤の手に伝わっても、逆に持ち手を握り締めて刺激しないよう制止されてしまう。 「いけそうですね。いつでもどうぞ」 言うなり工藤は再び足の裏目掛けて鞭を振り下ろし、同時に中の弱いところを抉る。弱い振動を助けるようにぐりぐりとねじり、奥をとんとんとんっと突きさえした。 「ひいぃぃぃっ!ああああっ」 息を整える間もなく、また鞭は振り下ろされ、中を抉られる。 回数にすればほんの五回程度のセットだったが、雛木は激しく抱かれているかのように喘いだ。 「そこっ いいっ いいよぉ いくっ いくうぅぅっ!」 突き込まれたバイブレーターで高い位置に固定された腰がびくびくっと震える。射精の瞬間に刷り込むように、工藤はパンッと一度だけ雛木の尻を強く打ち据えた。 「あああっ!」 シーツをたっぷりと汚した雛木は、玩具を抜き取られても腰を落とさず、自分の手で足の裏を掴んで呆然としていた。 鞭打ちによる痛みとアヌスの快感を同時に与えられて駆け上がり、到達した絶頂は、全く未知のものだった。 何がどうしてこうなったのか、頭ではわかっていても感覚がついていかない。 くすぐったさと痛みを交互に与えられることで、感覚は高められ打擲を求めるようになり、そして最後には打擲とオーガズムを結び付けられたのだ。 じんじんひりひりとする足の裏は、痛くてもう誰にも触られたくない。 だが、最後に一度だけ打たれた尻の痺れは、今もなおもどかしい余韻を残していた。 「いかがでしたか?あなたのウィッピングへの適性は明らかですし、打たれている姿や声も悪くない。私としては、もう少し試してもよいかという気持ちになりました。もちろん、次回もあなたが私とプレイしたいと思うなら、ですが」 返事を求められ、雛木は黙りこむ。 工藤は手にした鞭を弄び、雛木が口を開くのを辛抱強く待っていた。 熱をもつ足の裏の痛みは続いていて、工藤に鞭打たれながら絶頂を迎えたという実感が徐々に湧いてくる。 どちらかというと自分はマゾヒスト寄りだとは思っていたし、だからこそ工藤にプレイを頼んだのだとわかってはいる。 だが、普通のセックスではまず出てこない鞭というアイテムで快感を得たのだと思うと、どこか恐ろしく、何に対するものかわからない罪悪感があった。 ――こんなの、普通じゃない。 けれど、鞭を手にこちらを見つめる工藤の姿が、たまらなくセクシーに見えてしまう。 こんなのおかしいと思うし、すごく痛かったのに、もう一度、今度は体の別の場所でも、あの鞭の感触を味わってみたいと思ってしまうのだ。 単に体が感じる痛みやくすぐったさや射精の心地よさではなく、 「工藤に」 「鞭で」 「打ってもらう」 という要素の全てが、特別に官能的なのだと知ってしまった。 雛木は乾いた唇を舐め、工藤を見据えてようやく口を開いた。 「あの、もう一度……次回とかじゃなくて今、その、お尻も……う、打ってみて、ほしいです……」 〈◯◯編へ続く〉

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