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《読者様リクエスト企画 『雛木と誠吾、尿道責められるってよ』1》
蜜月、という言葉があることは知っていた。だが、『自分が蜜月にある』と感じたことは、これまで生きてきて今が初めてだった。
工藤が鞭打つのは愛情ゆえだと告白し、より踏み込んだ調教を施してくれて以来、雛木は幸せとしか言えない日々を送っていた。
工藤とのプレイは以前に比べて厳しさを増していた。肉体的な負荷ももちろんだが、それ以上に、自分は奴隷なのだと、自分の主人は工藤なのだと思い知らせるようなプレイが増えている。雛木は工藤に自ら責めをねだり、与えられた痛みや苦しみや過ぎた快感に感謝の言葉を述べ続けた。
雛木が泣きながら、悶えながら「ありがとうございます」と繰り返すたびに、工藤は「いい子ですね」と褒めてくれる。しかも、プレイ後には指一本動かせないほどに疲弊した体を拭き清めながら、「素敵でしたよ。本当にかわいらしくて仕方がないです」と言ってくれさえするのだ。
こんな幸せが他にあるだろうか。
心の底からどうでもいいが、職場で最近やたらと『色っぽい』という評価を聞くようになったのも、心身ともに満ち足りているからだろう。
雛木としては、まともな人間の仮面を被った場所でそんな風に言われるのはむしろ心外だったが、あの朴念仁の馬越にさえ、『大事な人とうまくいってるみたいだな……よかったな』と苦笑されたから、余程充実感を隠しきれていないのだろうと思う。
他人に指摘されるほど、雛木は蜜月に浸り切っていた。雛木の世界には、自分と工藤しかいなかった。
だから、かつて自らが犯した過ちをすっかり忘れていたのだ。
待ちに待った逢瀬の夜、工藤の背後に控え、レイの店の扉を潜った雛木は、聞き覚えのある声に出迎えられた。
「あっ!先輩!」
見れば、誠吾がカウンターのスツールから立ち上がり、縋るような視線をこちらへ向けている。
その奥には、狼を思わせる硬い黒髪を後ろに流した、大柄な偉丈夫が腰を下ろし、こちらを流し見ていた。
「馬鹿の言うことだからと半信半疑だったが、そうか。馬鹿でもそれなりに有益な情報は掴むらしい」
大柄な男は背後から誠吾の髪をくしゃりと混ぜ、肩に手を置いて再びスツールへと座らせた。
その手は見るからにずしりと重量を感じさせ、誠吾は視線を落としておとなしくなる。
一目で、この男が誠吾の主人なのだとわかった。厚手のライダースジャケットに覆われた胸は分厚く、威風堂々としている。誠吾はもちろん雛木よりも年上に見えるが、野性味が強すぎて、ノーブルな印象の工藤と見比べると、二人とも余計に年齢がわからなくなる。
「お久しぶりですね矢上 さん。馬鹿が、何ですって?」
工藤の声音に不快さが混じる。どうやら知り合いらしい。
レイが工藤の古い友人だと紹介された時には何の違和感も感じなかったが、誠吾の主人は明らかに工藤やレイとは違った匂いのする男だった。
もしかして、主人同士でも派閥なんかがあったりするのだろうか。
「この馬鹿が、奴隷先輩と知り合ったってはしゃいでたんだよ。ゴシュジンサマに初めてケツアクメさせて貰った時のことを教えてもらって興奮したってよ。途中までは話半分に聞いてたんだが、その奴隷先輩のゴシュジンサマは『くどうさん』だって言うじゃねぇか。あのKがまた奴隷を飼い始めたって聞きゃあ、なぁ?」
意味深な言葉も表情も野卑そのものなのに、にやりと歪められた厚い唇が強烈な色気を放っている。
いや、色気というより、セックスアピールと言うべきか。肉感的で荒々しい、全身から捕食者である雄の匂いをまき散らしているかのような男を前にして、雛木は誠吾がこの男に魅かれた理由が直感的にわかってしまった。工藤やレイとは異なる種類の支配力を、この男は持っている。
それはさながら、若い雄狼が、心身ともに成熟した群れのリーダーに膝を屈するようなものかもしれない。
初対面の際には威嚇としか感じられなかった、やんちゃさを思わせる誠吾のつんつんと尖った金髪が、この男の硬そうな黒髪の前ではただの虚勢としか映らなかった。
「この子が初対面の人間の前で独演会をしていたとうっすら聞いてはいましたが、なるほど。相手が矢上さんの飼い犬だったとは。レイ?聞いていませんよ?」
低められた工藤の声に、雛木はもちろん誠吾でさえも縮み上がる。だが、この店のマスターはアルカイックスマイルを露ほども崩さなかった。
「言ってませんから。まぁそう怖い顔をせず。お友達がいない奴隷ちゃん達が、悩みを相談したり、主人とのプレイを自慢したりするくらい可愛いものじゃないですか。ね?」
白々しいレイの言葉に、工藤はこれ見よがしにふんと鼻を鳴らし、矢上と呼ばれた誠吾の主人はケッと吐き出す。
どうやらあまり仲がいいとはいえないらしい。だが、工藤の怒りは、主にレイに向かっているようだった。
「貴様が性格が悪いことは知ってたが……と、失礼」
荒い言葉遣いにびくりと揺れた雛木の気配を感じたのか、工藤が一瞬で怒気を和らげる。しかし火に油を注ぐように、矢上は喉の奥で低く笑った。
「随分お上品になったじゃねーか『ムシュー』?あぁ、言っておくが俺は引き続き『サロン』とは無関係だ。あんたが新しい奴隷を飼い始めたって、連中にばらしちゃいねぇぜ?でも、連中が知ったらきっと放っておいちゃくれないだろうなぁ?」
雛木には理解できない会話だったが、どうやら自分が工藤の名を漏らしたことが悪材料になっているらしいということはわかる。
罪の意識に震えそうになる膝を意思の力で制し、己の主人の言葉を待った。
「……チッ」
小さな舌打ちに、思わずばっと顔を上げる。だが、後ろからでは工藤の表情は見えない。誠吾も身を縮こまらせて、火花の散る二人の動向を伺っている。
緊迫したわずかな時間が流れた。
「……で、何が望みですか」
溜息と共に吐き出されたのは、工藤の譲歩だった。意外な想いでその背を見つめていると、矢上は矢上で態度を軟化させた。
「話が早くて助かるぜ。いや、脅すつもりはちょっとぐらしかねぇよ。実はレイに相談があって久しぶりにここに来たんだが、この美人が思った以上にドSで、何の助けにもならないもんで困ってたんだ。だから、奴隷の仕込みに定評がある工藤サンの手を借りられるんなら助かるぜ」
矢上のように野生的な男に『思った以上にドS』と評されたレイは、わざとらしく悲しげに首を横に振った。
「ハイヒールでしてもいいなら是非にと言ったのに、断られてしまいました」
ハイヒールでするというのが一体どういうことなのか雛木には想像もつかないが、ともかく矢上とレイはそれなりに気安い関係らしい。緊迫した空気が弛み、こっそりと胸を撫で下ろした。
だが、レイの言葉の意味を知ると、雛木は恐怖のあまり全身を引きつらせることになるのだった。
『ケツにハメただけでいきっぱなしになる奴隷が好み』
という主人の要望に応えられず、悲しい想いをしているという話は誠吾本人から聞いていた。
数か月たった今も、その状況は変わらないらしい。
誠吾の主人である矢上彰浩 によると、誠吾はおそらく前立腺が腹側に寄っており、直腸からでは刺激が伝わりにくいのではないかという見立てだった。中を探ってもほとんど膨らみが感じられず、どれだけしつこく刺激してやってもメスイキする気配がないと、矢上はあきれ顔で言い放った。
顔見知りの若い男のそんな事情を知らされ雛木は多少気まずかったが、当事者である誠吾は、可愛そうに顔を真っ赤にして俯いている。
誠吾自身が言っていた通り、そもそもは性的指向も性癖もかなりストレート寄りなのだろう。うっかり矢上のような男に惚れてしまったせいで、本来ならしなくてもいい苦労を背負いこんでいるのは明らかだった。
しかし主人たちはカウンターのスツールに並んで腰掛け、なんの遠慮もなく誠吾の下半身を話題にしている。
結論として、矢上は尿道から道具を挿入して前立腺を刺激し、誠吾の鈍い性感を呼び覚ます計画を持ち込んだということだった。前と後ろから同時に刺激してやれば、中イキできるようになるだろうと考えたようだ。
しかし、矢上は大雑把な上に不器用なので、細かい作業がとにかく苦手だという。
そこで手先が器用そうなレイに相談したところ、
『私が満足するまで誠吾くんの尿道にヒールを突っ込んだ後でなら、手伝って差し上げてもいいですよ』
と言われ、主従揃って真っ青になったということだった。
そこまで聞いた工藤は
「本当にレイの相手は心身ともに丈夫でないと務められませんね」
と呆れてみせたが、雛木も誠吾も全身を引きつらせ、スツールの上で思わず股間を両手で握り隠した。
矢上はというと、レイのサディスト具合に相談する相手を間違えたと後悔していたところに工藤が現れ、内心で天の助けだと思ったそうだ。
嗜虐趣味でありながらも工藤とは考え方がまるで違うので色々と相容れず、新しい奴隷を飼い始めたことをつい習い性でからかってみたものの、教えを乞う相手としては適任だと認めている。だから、『サロンの連中』に雛木の存在をばらさないことと引き換えに、工藤に尿道責めの講師を依頼したのだった。
体の構造は一人ひとり異なる以上、工藤が直接誠吾の尿道を探ってみるのが一番の近道だ。
だが、それを聞いた雛木と誠吾は揃って絶望的な表情を浮かべた。
雛木としては、まだ自分もしてもらっていない調教を工藤が誠吾に施すのは嫉妬で胸が潰れそうだし、誠吾は尿道に物を入れるなんて考えられないのに、それを初対面の人間にされるなんて恐ろしすぎたのだ。
だが二人ともあからさまな主張はできず、青ざめて小さく首を横に振り、縋る視線で己の主人を見つめた。
その視線を受けた主人二人は若干嬉しそうな渋面をつくり、結局次善の策として工藤が雛木をモデルに尿道責めを施し、矢上がそれを見ながら誠吾に試してみることにしたのだった。
面白くなさそうな
「二人とも、ご自分の奴隷には甘いですねぇ」
というレイの呟きは、満場一致で黙殺された。
《続》
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