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第2話 今井理
キリリとした朝の空気は気持ちがいい。
ちょっと寒いけどそこがいい。
オレの大好きな人に、よく似てると思う。
オレらの通う私立の中高一貫男子校までは、私鉄電車を降りて、徒歩で二十分。
春の匂いが嬉しくて、近所の女子校のコーラス部が朝練で歌ってる春の歌が聞こえていて、いい朝だなあと、オレはいつもの癖で、校門から校舎を見上げる。
「うめはぁ~さい~ぃたぁか、さく~ぅら~は、まぁだかいな」
隣から、すっとぼけた歌声が聞こえてきて、オレは笑ってしまった。
恵畑剛久 、あだ名はよし。
オレ、今井理 の親友。
お互い身につけた制服が少しくたびれているのは、もう、六年も使い込まれたものだから。
あと少しで、オレたちはこの学び舎を卒業する。
「なぜそこで、その渋い選曲」
笑いながら突っ込んだら、あっさりとよしは答える。
「春の歌だから」
「渋い。渋すぎる」
「そかな。兄ちゃんが教えてくれたよ?」
「そのエピソードおいしいけど、今、ここではやめとけ」
さらりと出された単語に、おい! ってなる。
よしにとっては歳の離れた優しい兄ちゃんだろうけど、オレらにとっては学校長。
しかも、男としての条件はいいから、憧れている奴なんて、老若男女問わずごまんといる。
周囲を見たら他の生徒とは少し距離があって、聞こえていないだろうことに、ほっとした。
ふわふわと笑うこいつは、見た目ほどふわふわな奴じゃない。
生まれた家が金持ちなのは羨ましいことかと思っていたけど、こいつを見ているとそうでもないってわかる。
後妻の息子で、歳の離れた兄貴に猫っかわいがりにかわいがられているけど、こいつの周りは、足元をすくおうとするやつがたくさんいる。
かわいいふりして躱してるけど、結構したたかだよなって、思っているのは、内緒。
「ただの家族ネタなのに、めんどっちい」
ぷう、とほほを膨らませて拗ねて見せても、オレには通用しないからな。
それが似合ってないとはいわないけど。
似合ってしまっているところに、こいつのしたたかさを感じるけど。
「卒業まであと少しだろ。お前のネタは地雷が多いんだよ、いろいろ自重しろ」
「ええ? イマイリほどじゃないと思うよ?」
そういってよしがむくれる。
ああ、ホントにもう。
「自覚のねえ奴は怖いよな」
「自覚、ねえ……」
鼻先で笑ってやったら、よしはうーんと首をかしげて考え込むそぶりをした。
「なによ?」
「イマイリはさあ、結構自分をわかってないよね」
「はあ?」
「おれのことばっか気にかけてくれてるけどさ、イマイリだって地雷持ってんじゃん」
「そうか?」
地雷?
オレに?
「去年の卒業式前後は、災難だったよね」
にっこりと、よしが笑う。
ああ、そうね。
そういえば、そこに地雷が埋まっていましたね。
思い出して膝から崩れそうになった。
オレの大好きな人は、一つ年上の元生徒会長。
それもこの学校で六年間『姫』扱いされ続けちゃうくらい、六年間ずっとキレイで、できのいい人だったのだ。
男子校で揉まれ続けて、残念な方向に成長せずに、美しいままっていうのはなかなか難しい。
中学生のころは線が細くても、高校生になれば男性らしさが出てくるのは、成長過程あるあるだ。
けど、あの人は美しいまま成長した。
そして今でも、変わらず麗しい。
性格はものっすごく男らしくて格好良くて、ほれぼれしちゃうんだけどね。
オレはずっと先輩にあこがれてた。
下級生のころから、生徒会の手伝いなんかも渋々装って、嬉々としてやってた。
先輩はちゃんとオレを見ててくれて、誰にも文句がいえないように手を回しまくって、オレを選んでくれた。
それが公になっちゃったのは、去年の卒業式の前で、先輩に憧れていた面々が大荒れに荒れたのだ。
記憶の外に置いておきたい黒歴史。
いや、先輩のことは大好きなんだけど、あの阿鼻叫喚は忘れておきたかった。
「あーあ、早く無事に卒業しちゃいたいなあ」
「だな」
大きく伸びをするよしに、うなずく。
ホントに、早く卒業式を終わらせてしまいたい。
そうしたら、オレたちの地雷は地雷じゃなくなって、ただの、恋バナになるんだ。
男同士だけどさ。
そんなの、この時代じゃ障害でもなんでもない。
っていうか『誰にも文句はいわせない』って、先輩がいったから、信じてる。
「けど、あと少しだ」
「そうだね」
校舎に入る前に、二人で校舎を見上げた。
オレは旧校舎の一番手前、生徒会室の窓を。
もう、先輩はいないけど、かつてはあそこからオレを見てくれていた。
よしが見上げたのは、別館の最上階の一番奥の、美術準備室。
気づかれてないと思っている、バカな大人たちの影がある。
ちゃんと知ってるんだよ。
あそこに、よしを見守っている人がいるってこと。
「早く、桜が咲いたらいいのに」
「卒業式のころには、咲くだろ」
オレたちの卒業は、もうすぐ。
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